2008年12月11日(木) 東奥日報 特集

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■ 川島芳子の生存説相次ぐ/替え玉?進む謎解き

 清朝の王女として生まれ、旧日本軍のスパイとされた川島芳子(かわしま・よしこ)が一九四八年、当時の中国・国民党政府に「銃殺」されてから六十年。第一次大戦中に暗躍した女スパイになぞらえられた「東洋のマタ・ハリ」は「替え玉」により処刑を逃れ、その後も生存していたとの新たな証言が最近になって相次いでいる。実の妹は否定するが、謎を解こうと調査が進んでいる。

 ▽謎の女性

 「芳子は一九七八年二月二十日前後、つえを突いて立ったまま亡くなった」。長春市の画家、張トさん(41)が証言する。張さんの祖父、段連祥さんの周囲に日、中、韓、英の四カ国語を操る女性がおり、張さんは「方おばあちゃん」と呼んでいた。

 段さんは二〇〇四年に死亡する直前、張さんに女性の「正体」を明かした。「祖父は『方おばあちゃんは誰だか知っているか』と聞いた後、黙って紙を差し出した。『方おばあちゃんは川島芳子』と書かれていた」。女性は死の直前まで、川島芳子と親交があった李香蘭(元参院議員の山口淑子(やまぐち・よしこ)さん)の「蘇州の夜」を聞いていたという。

 ▽手掛かり

 芳子の親せきに当たる瀋陽市の愛新覚羅徳崇さん(63)も「五五年から五六年にかけての冬、自宅を訪ねてきた女性が芳子だった」と断言する。「父が『(金)璧輝(芳子の中国名)、いらっしゃい』と声を掛けた」。徳崇さんの姉が「彼女は文武両道の上、代わりに死んでくれる人もいる」と話したこともあった。

 芳子の生存説は過去にもあったが、今回注目されるのは証言の具体性とともに、絵やフランス製双眼鏡など「方おばあちゃん」や段さんが残した珍しい品が多数出てきたため。研究者が芳子の人脈をたどりながら、入手経路などを調べている。

 関係者が重視するのが、張さんが段さんから託された獅子の置物だ。底の部分を壊すと中から紙片が出てきた。処刑間近に芳子を連れ出したとされる中国人男性から、芳子の秘書役で「恋人だった」小方八郎氏にあてた詩が書かれており「芳子は(その後)死んだが、魂はいまだ日本に帰らず」と解釈できた。関係者は「芳子が生き延びた後も小方氏を思っていたとのメッセージ」とみる。

 ▽実妹の証言

 「おい、遊びに行こうぜ」。中国でただ一人生存する清朝の元王女、愛新覚羅顕gさん(90)は芳子の一回り下の実妹で、男装、男言葉を通した芳子によく誘われた。三〇年代後半、留学先の日本でも遊びに誘われたが、その後、芳子が逮捕される前に北京で再会すると「芳子はモルヒネ中毒になっていた」という。

 処刑後の芳子の写真を見た顕gさんは「拘置中はモルヒネがなく太り気味になり短かった髪も伸びていたが、顔の輪郭からも処刑されたのは間違いなく芳子」と言い切る。歴史に翻弄(ほんろう)された川島芳子の「死の真相」は依然闇に包まれている。(長春、共同=水野雅央)




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