東奥日報 特集


ヒマラヤの雪男の謎を解明する/根深誠さんの手記

■ (9)ラマ・ゲシの話1

 そのラマの名前はラマ・ゲシ。東チベットのカム地方出身のラマ・ゲシはチベット各地の名刹で修行したのち、1958年にクーンブ地方に移住してきた。中国軍の侵攻によってチベットの古都ラサが包囲され、第14世ダライ・ラマ法王がインドに亡命する前年のことだった。最初は、ここから徒歩で1日ほど離れたターメ村のキャロック僧院で1年間滞在し、そのあとパンボチェに来たのだという。

 当時、パンボチェにはディウ・リンポチェという高僧が住んでいた。ラマ・ゲシの導師である。ラマ・ゲシというのは本名ではない。直訳するとラマが高僧で、ゲシが博士だから、いうなれば称号で呼ばれているわけだ。

 私が本名をたずねると、言いかけたが思いなおして、みんながそう呼んでいるからラマ・ゲシと呼んでくれと言った。

 ラマ・ゲシの説明によると、この地方最古のパンボチェ僧院は、布教にきたラマ・サンガドルジェが開山したのであり、チベット仏教ニンマ派開祖グル・トゥンガトゥエ(グル・リンポチェ)の仏像が本尊として安置されている。ラマ・サンガドルジェは布教にきたころ、エべレストヘ行く途中の「バールン」というところで瞑想を続けていた。そのラマ・サンガドルジェの召使がイエティ夫妻だった、というのである。

 イエティ夫妻というのも珍妙な言いまわしだが、そもそもイエティなる言葉は英語のAbominable Snow Manの翻訳である。つまり、ヒマラヤのイエティなるものは、欧米世界を経由して日本に伝わったというわけなのだ。夫妻といって異存があるなら雄雌といっていいのかもしれない。しかし、かりに動物であったにせよ、虚構としての物語に信憑性を与えようとするなら擬人化した方がふさわしい気がする。

 物語の梗概を述べると、ラマ・サンガドルジェの召使をしていたイエティの妻があるとき死んだ。その頭皮がパンボチェ僧院にかつて保存されていたものなのだ、という。もちろん、たんなる作り話にちがいないのだが、それにしても迫真性に欠ける。

 というのは、イエティの頭皮はパンボチェ僧院にかぎらず、ほかにもクムジュンとナムチェの僧院にもそれぞれ保存されているのだ。しかも1959年の日本雪男学術探検隊(小川鼎三=ていぞう=隊長)の調査では、同一種類の動物だという結果が報告されている(『ヒマラヤ雪男踏査の結果報告』小川鼎三)。さらに、林寿郎隊員の著書『雪男ヒマラヤ動物記』(毎日新聞社)に記されているのだが、パンボチェ僧院の頭皮は5代目の住職のときから保存されているという。参考までに述べると、小川鼎三の同報告には、パンボチェ僧院に頭皮とともに保存されていた「雪男の手の骨」は「現代のヒトの右手の骨格と考える」との記述も見られる。

根深誠さんの手記 | 「ヒマラヤの雪男」正体はヒグマ

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