| 2008年7月14日(月) |
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「布川(ふかわ)事件」の即時抗告審で東京高裁は十四日、元被告二人の再審開始を決定した。再審の“重い扉”を開く根拠の一つになったのは、自白している場面を一部録音したテープで、決定は「警察官の誘導をうかがわせる」と指摘。「取り調べの録音・録画」の全面実施(可視化)を求める声に弾みをつけそうだ。 ▽武器を逆手に 「(男性の足を)縛ったとき、手はどんなふうにしたの?」「左側で押さえ、右手でぐっと上から回しました」 昨年二月八日、東京高裁八〇三号法廷。廷内には大型スピーカー二台が設置され、音声の波形を示すグラフがスクリーンに映し出される。一九六七年十月十七日、テープに録音した元被告桜井昌司(さくらい・しょうじ)さん(61)に対する取り調べの様子が、非公開の法廷に響き渡った。 テープは、検察側が今回の再審請求審で証拠提出。「自白が任意になされ信用できる」ことの立証が目的とみられるが、弁護団は、編集された形跡に気付き、専門家に分析を依頼。録音停止や再開、二重録音などが十カ所以上あることを突き止めた。 高裁決定は「録音は二時間十分も中断されていた。殺害への関与を否定していた桜井さんが、中断後には首を両手で絞め現金を奪ったことも認めている」と不自然さを指摘。検察側の“武器”を逆手に取った弁護側主張に沿って「誘導」があったと認めた。 決定には捜査への不信感がにじみ出ており、検察側主張をことごとく否定。無期懲役か死刑が確定した重大事件では二十年余りも途絶えている再審開始へ大きく道を開いた。 ▽プロもだまされる 実はこのテープのほか、桜井さんと元被告の杉山卓男(すぎやま・たかお)さん(61)の自白を録音したテープが一本ずつあった。 一九七〇年五月。一審水戸地裁土浦支部の公判で、裁判長が杉山さんにテープの内容を尋ねた。 裁判長「長時間にわたり、警察官の質問にすらすら答えたようだが」 杉山さん「分からない点を質問すると、録音前に調書を読んでくれて、こう答えろと指図されたんです」 杉山さんは捜査員に誘導され自白したと主張したが、無期懲役が確定。 その際の最高裁決定は「体験した者でなければ供述できないことを具体的に矛盾せず、供述しているとうかがわれる」とテープを評価していた。 再審請求審でテープの分析を担当した松江頼篤(まつえ・よりあつ)弁護士は「総ざらい的に供述した部分の録音だけでは、危険極まりない。プロの裁判官でさえだまされたのだから」と、市民が参加する裁判員制度に向け懸念を示す。 ▽危惧裏付ける 来年から始まる裁判員制度に備え、検察当局は任意性の効率的な立証などを目指し、取り調べの様子をDVDに録音・録画する取り組みを開始。警察でも試行される。 ただ、収録は一部に限られ、日弁連は「検察に都合の良い部分だけを録画しただけ」と批判、全過程を録音・録画する全面可視化を求める。 布川事件はこうした危惧(きぐ)を裏付けた典型的なケースで、今回の録音テープは象徴的な存在だ。 検察幹部は「DVDは編集できない仕組みで録画してある。一度撮影を始めたら、容疑者から途中で不利な供述をされても止めることはできない」と、“改ざん”の危険性を否定する。 しかし、裁判史上初の死後再審で無罪が確定した「徳島ラジオ商事件」の再審開始決定に裁判官としてかかわった秋山賢三(あきやま・けんぞう)弁護士は「米国では、捜査側が都合が悪くなると配線器具を外し、録音しているように装うケースもある」と指摘。「取り調べには、弁護士の立ち会いや全過程の録音・録画などが必要だ。今回の決定は、可視化に向けた推進力になるのではないか」と話している。 |