2008年12月4日(木) 東奥日報 天地人



 かつてプロ野球に魔球伝説があった。昭和戦後に中日で活躍、初の日本一の原動力となった杉下茂投手だ。その球は打者の手元で不規則に変化し、相手をきりきり舞いさせた。捕手の体は、あざが絶えなかったと。今では珍しくもないフォークボールである。日本の元祖と言われた。

 「捕手が捕れないのに、どうして打てるか」。川上哲治さんをして、そう嘆かせたとか。この魔球誕生には前段がある。明大時代にナックルボールを覚えていた杉下投手に、恩師の天知俊一が来日した大リーガーの話を教えた。その球は四十センチも落ちたそうで、握り方を伝授してくれたと。これがフォークだった(近藤唯之「プロ野球監督列伝」)。

 不規則な揺れと無回転。ナックルとフォークが近縁種だったことが、名投手の伝説につながった。そのナックルを武器に、十六歳の女性投手がプロに挑む。来春から始まる関西独立リーグに参加する、川崎の吉田えりさんだ。東京六大学などに女性選手がいたことはあるが、プロ野球では初めて。

 身長一五五センチは、入団発表に並んだ男性たちの間でひときわ小柄だった。けれど右下手から繰り出す球は難関のテストで実証済みだ。そんな姿から漫画のヒロインに例える声も。水島新司さんの「野球狂の詩(うた)」で、魔球を操り活躍する水原勇気投手だ。

 プロは甘くないと厳しい見方もある。けれど夢の乏しい時代なればこそ、未知への挑戦も輝く。願わくば話題の人にとどまらず、新魔球伝説でも紡いでほしい。


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