2008年6月11日(水) 東奥日報 天地人



 無差別殺傷事件があった東京の秋葉原は、江戸のころから商いの町屋が並ぶところだった。明治の初めに一帯が火災に遭ったため、火よけ信仰で知られる秋葉神社を祭り、秋葉ケ原と呼んだ。これが地名の由来という。

 商いに縁があった地は昭和戦後、家電の街としてにぎわっていく。高度成長期の量販店の林立、その後のインターネットブーム。さらに近年は多様な若者文化の発信も。時代の風を浴びて変貌(へんぼう)する都市の先端風景は、人々を引き寄せる祝祭の場にもなってきた。現場に次々と献花した若者たちは、「アキバ」が死んだ日の痛みも重ねていたかのようだ。

 そんな風景を思うほどに、惨劇はひび割れた陰画に見えてくる。加藤智大容疑者の携帯サイトへの異様な執着は何を物語るのか。「唯一の居場所」であり「止められたら発狂」すると。現実には誰も相手にしないからと、ネットにのめり込む心情を書き込んでいた。過剰なまでの思い込みが読み取れるが、誰かとつながりたい願望も透けて見える。

 秋葉原に象徴される現代の広場と、孤独と疎外感に追い立てられる自らの場所と。加藤容疑者の言葉によれば「負けっぱなしの人生」だったと。そんな陽画と陰画が激しくせめぎ合う中で、悪夢に取り込まれていったのか。そして結果は許されざる事態へと。

 競争から振り落とされた働く貧困層が広がる。分断され砂粒のように漂う生存のうめきが、日常を一皮めくれば聞こえてくるようだ。今度の事件も無縁ではあるまい。


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