2008年4月16日(水) 東奥日報 天地人



 老齢とは何か。そう問うて思想家の吉本隆明さんが言っている。自分の意志でやろうとすることと、実際の行動との背離が大きくなっていくことだと。外からは衰えや億劫(おっくう)にしか見えぬが、そこにはたくさんの思いや言葉が沈黙のうちに漂っているのだとも。

 若いころには分からなかったが、自らリハビリ老人になり見えてきた風景だという。八十歳を過ぎた吉本さんが数年前に書いた「中学生のための社会科」(市井文学)にある一節だ。そして、さらに問う。政治家や役人をはじめ医者や介護をする人たちも、その辺を本当に分かっているのかと。

 この一日から始まった後期高齢者医療制度が著しく不評だ。きのうからは保険料の年金天引きも。保険証が届かない。制度の中身がよく分からない。年金がまた目減りする、などなど怒りとため息も。先のような言葉にならぬ思いを抱く老年の風景を、なぜ見ようとしないのか。根っこにあるのは、そんな痛切な声ではないか。

 数や量で物事を推し進める。管理のシステムには必要なことでもあろう。けれど机上の考えだけでは、背後にある一人一人の思いや痛みは抜け落ちてしまう。政治や行政がいつも問われることだ。現代の「姥(うば)捨て」との批判も聞こえる制度に、さてそんな心はありやなしや。

 すべての管理システムを持っている国家や社会は、管理される人の利害、健康、自由を最優先すること。これに反するものは破棄、または修正されるべきだ。吉本さんは、そうも言っている。


HOME