2008年1月30日(水) 東奥日報 天地人



 日本にタクシーが登場したのは一九一二年、明治が終わる直前だった。東京の数寄屋タクシーという会社が五、六台で始めたという。人力車が市内で二万台走っていたころだ(紀田順一郎「20世紀モノ語り」)。本県でも間もなく八戸に現れ、T型フォードなど輸入車が使われた。

 初期のころは金持ちが乗った。大衆化が進むのは昭和初め、市内一円均一から円タクと。そして日常の市民の足として広く定着したのは戦後のことだ。昭和三十年代末までは初乗り百円時代が続く。十年後には二倍を超え、以後は右肩上がりのカーブが急になっていく。「値段の明治・大正・昭和風俗史」(週刊朝日編)に見る東京の料金だ。地方も、そんな傾向をたどった。

 暮らしの風景を映してきたタクシーも、近年は青息吐息という。規制緩和による競争激化、利用客減に燃料高騰などと。県内のタクシー料金値上げが認可された。小型車の初乗りが、五百八十円から上限六百四十円へ。十一年ぶりの改定で来月十五日からとなる。

 諸物価値上がりの折、生活の足にも影響が及ぶとあって、財布の算段も悩ましくなる。一方で運転手さんたちの声も切実だ。盆、正月もなく走っているのに収入は減るばかり。労働環境はきつくなり、若い人は入ってこない。冬場の閑散期と値上げで客離れの加速が心配、などと。

 認可には労働条件の改善が盛られている。「その辺を見極めないと、もう我慢も限界。転職も考えている」。そんな車中での声に、うなずくほかなかった。


HOME