2008年1月19日(土) 東奥日報 天地人



 志賀直哉の短編「剃刀(かみそり)」は風邪で正気を失う理容店主を描いている。芳三郎(よしさぶろう)の体は熱に疲れ果て、置物のように重い。従業員はまだ二十歳で頼りないが、彼に客を任せ、昼から寝込んでいた。

 夜、従業員がいないところに、生意気な若者が入ってきた。芳三郎は病を押して剃刀を持つ。が、手が震え、思うように剃(そ)れない。募る疲労感と苛(いら)立ち。客に傷を付けたことがないのが自慢だったのに、刃が若者ののどに引っかかり、わずかに出血した。その途端、荒々しい感情が押し寄せ、剃刀にぐいと力を入れてしまう…。

 志賀に予見能力があったのかどうか。風邪がもとで理性を失うのが今は小説の世界のことではなくなった。「服用後に飛び降りなど異常行動をする」。そんな報告が相次ぎ、インフルエンザ治療薬タミフルは十代への使用が原則中止となった。が、異常行動はインフルエンザ自体でも発生する可能性があるというから、油断できない。

 先日、山形の国道トンネルでは運転手が高速バスを運転している最中に意識を丸ごと失った。「風邪気味で薬を飲んだら、うとうとして」と。乗客が運転席を見ると、うなだれてハンドルから手を離していたという。身が凍る思いだったろう。うまくバスを止められたからよかったが、あわや大惨事の危機だった。

 本県でも昨年末に集団風邪が猛威を振るい、閉鎖する小学校もあった。厳しい寒さはまだ続く。風邪にかかったら、くれぐれも無理は禁物。芳三郎や高速バスの運転手を見れば分かる。ろくなことにならない。


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