2000年8月26日(土) 東奥日報 天地人



 北の中世に思いをはせていたら、今度は縄文の遺跡から漆の鮮やかな朱がよみがえった。八戸の是川中居遺跡で出土した木製の漆器。三千年の時を越えてあせぬ色に目を奪われた。大きさや特徴から、これまで見つかったのとは一味違うユニークなものらしい。漆の文化史に、また一つ輝きが加わった。

 漆器は泥炭層にあった。当時のごみ捨て場だが、考古学からすれば宝物が埋まっている場所。期待にたがわず、それが出てきた。同種のものでは国内最大級のよう。巧みな文様も刻まれていた。その文様と形は当時の土器とそっくりという。

 漆を加工するには手間と技術が要る。縄文の人々は、それをよく知っていた。しかも今度出てきたのは大型で精巧なつくり。縄文美の仕上げとされる是川に似合う漆器だ。特別の日の祈りに使ったものか、酒でも入れたのか、想像の翼が広がる。

 一昔前まで漆の古里は中国とされてきた。けれど、これを覆すような縄文の漆が次々と見つかっている。六年前には三内丸山で、五千五百年前の漆器が眠りから覚めた。つい先日は、北海道の南茅部町で漆塗りの装飾品が出た。最古、最北と言われた三内丸山を千年もさかのぼる。

 漆の技術も津軽海峡を渡ったのか。道南からのニュースに、ふと思った。そして東日本に集中する縄文の漆。こうなると漆の起源は、縄文の文化そのものの中にあったのでは、と思えてくる。漆の木があり、漆器の素材となる木が茂る。それは森の恵みでもある。


HOME