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  • 2017年11月15日(水)

天地人

 ツイッターで「死にたい」とつぶやいた女性たちに「一緒に死のう」と返信し、次々に誘い出したという。だが「実際に死にたいと思っている人はいなかった」。神奈川県座間市のアパートで若い男女9人の切断遺体が見つかった事件。死体遺棄容疑で逮捕された27歳の男は、こう供述しているようだ。

 程度の差はあるにせよ、「死にたい」ほど思い詰めた経験がある人は少なくないのではないか。学校に行くのがつらかったり、家族関係に悩んだり、仕事に追われたり、漠然とした不安を抱えたり、理由はさまざまであろう。

 「死にたい」と口にするのは、そう特別なことでもなければ、恥ずべきことでもない。12日付本紙に掲載された作家・雨宮処凛(かりん)さんの寄稿に、「死にたい」は、「それくらいつらい」という貴重なSOSの言葉だ-とあった。

 身元が判明した被害者の写真を目の当たりにして思うのは、「死にたい」とつぶやきつつも、本当はみんな生き続けたかったに違いないということだ。救う手だてがなかったのかと考えると、胸が詰まる。

 今回の事件を受けて、ネットに自殺に関する書き込みをすることを問題視する声も強まっている。だが雨宮さんは、禁止されるべきは「『死にたい』という書き込み」ではなく、弱音を禁ずるような圧力だ-と訴える。つらいときに、つらいと言える社会でなければ、と思う。

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