• トップ
  • >
  • 天地人のバックナンバー
  • 2017年6月19日(月)

天地人

 一日中、雨に降りこめられた。その反動なのだろう。夕方になると、一杯飲みにでかけたくなる。上林暁が随筆『梅雨』に、いきつけの飲み屋のことを書いている。<私は梅雨のころの晩にその飮屋へ出かけてゆくのが好きである>。ふさぎがちになる季節には、そんな楽しみがあってもいい。

ことしの梅雨はどうだろう。気象庁は7日に、関東から西が梅雨入りしたとみられる、と発表した。空梅雨なのか、各地で水不足による異変がみられるという。静岡では川が干上がり「瀬切れ」という現象がおきているらしい。生態系への影響を心配する地元の声を、先週末のテレビニュースがつたえていた。

 梅雨(ばいう)は、旧暦五月のころに降りつづく長雨である。五月雨(さみだれ)とも呼ばれる。五月(さつき)の「さ」と、雨を意味する「水垂(みだ)れ」を結んだとされる。古くから和歌にも詠まれてきた。鬱々(うつうつ)として晴れない気分がつづく梅雨より、五月雨は語感がいい。

 上林はある晩、傘をさしていきつけの飲み屋へでかけた。いすに腰をおろすや否や、おかみから、常連の銀行支店係長が死んだことを知らされる。金を使いこんで行方をくらまし、玉川上水に飛びこんだという。

 <梅雨といへば太宰治君のことを思ひ出す><あの年も實によく降つた>。家出をしてから発見されるまでの一週間、打ちつづく陰鬱(いんうつ)な雨であった、と上林は記す。きょう「桜桃忌」。

モバイルサイトのご案内

広告掲載のご案内