| 2010年2月9日(火) |
名乗りを上げる自治体が出ないまま、開催地選びが難航していた2011年冬季国民体育大会スケート・アイスホッケー競技会は、八戸市を主会場に本県で開かれる見通しが強まってきた。 日本スケート連盟の橋本聖子会長と日本体育協会の岡崎助一専務理事らは今月3日、三村申吾知事に本県での開催を要請。これを受けてスケート施設のある八戸市の小林眞市長や地元競技団体の代表者らが8日、三村知事に対し「地元として開催は可能」と、万全の運営体制と前向きな姿勢を伝えた。 本県開催が正式に決まれば09年に続き2年ぶりで、3年で2回という異例の開催ペースとなる。 厳しい財政運営と限られた時間の中で、冬季国体の火を消さないために努力を続ける関係者に敬意を表したい。そして、日体協が進める国体運営の抜本改革を急いでもらいたい。 国体が始まったのは終戦直後の1946年。スポーツを通して国民に勇気と希望を与えようと、第1回大会が京都を中心とする京阪神地域で開かれた。 国体は都道府県対抗の全国持ち回り方式のため、開催地となった各都道府県では、スポーツ施設などの基盤整備が進み、競技組織が強化された。国体が地方のスポーツ振興に果たした役割は大きい。 一方、国体の規模は年々拡大し、選手団を派遣する側、受け入れる側それぞれの経済的負担が指摘されるようになった。 近年は自治体の財政状況が厳しさを増し、国体の開催地探しは困難を極めている。2009年に本県で開かれたスケート国体も、日体協などからの強力な要請を受け、本県側が地元負担軽減を条件に引き受けた経緯がある。 さらに、国際大会で活躍するトップアスリートたちが国体出場を敬遠する傾向を強め、国体の競技レベルや魅力の低下も叫ばれるようになった。 1988年から2巡目に入り、今年で第65回を数える国体はいま、大きな曲がり角に立っている。 日体協は2003年、国体改革へ向けた指針を策定。新しい国体像を「より競技性の高い、わが国最高の総合スポーツ大会」とし、一方で大会運営の簡素・効率化も目指してきた。 このうち、冬季大会は北海道で実施される今年から、開催可能な施設を持つ都道府県が順次開催する輪番制がスタート。2012年は岐阜県と愛知県で行うことが決まっているが、来年は未定だった。 11年スケート国体の開催地問題は、こうした国体改革へ向けた大きな流れのまっただ中にある。 国体改革の総論に異論を挟む人は少ないだろう。一番のネックは経費問題だ。 スポーツ振興法には「国民体育大会は日本体育協会、国及び開催地の都道府県が共同して開催する」とある。さらに「国は国民体育大会の円滑な運営に資するため、日本体育協会及び開催地の都道府県に対し、必要な援助を行うものとする」とある。 国体改革の実現には、地方が国体を誘致したくなるような、国の効果的な財政支援が不可欠であろう。 |