2010年2月7日(日) 東奥日報 社説



■ 素朴な伝統行事を大切に/虫送りが選択文化財

 国の文化審議会が「津軽地方の虫送り」を「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財」(選択無形民俗文化財)として選ぶべきと文化庁長官に答申した。年度内にも正式決定の見込みという。

 虫送りは田植え後の仕事休みに合わせ、害虫を追い払い、出来秋の豊作を祈願して行われる。津軽地方の虫送りは、わらで作った蛇体形のムシが主役で、害虫を追い払うため笛や太鼓でにぎやかに囃(はや)しながら村はずれまで運ぶ。

 これに対し南部地方の虫送りは、わら人形を使う。津軽は蛇体形、南部は人形と、ムシの形がはっきり分かれているのが特徴で、「南部地方の虫送り」は既に2004年、選択文化財となっている。

 五所川原市郊外で神社の鳥居などに置いたムシ人形を見掛けることがある。津軽地方の虫送りは江戸時代に盛んだった新田開発と密接な関係があるといわれ、農村の歴史を今に伝えている。ただ高度経済成長期に担い手の若者が県外に流出し、衰退した経緯がある。素朴な伝統行事を絶やさないよう、大切に守り続けていきたい。

 選択無形民俗文化財は、国や地方自治体が記録や調査を行い、報告書などを作成する。県内では09年の「津軽の七日堂祭」(弘前市、平川市)、「氣比(けひ)神社の絵馬市の習俗」(おいらせ町)に続き、15件目となる。

 今回は、津軽地方でも主に岩木川流域の虫送りが対象となった。五所川原市相内、漆川、飯詰、つがる市稲垣町千年、板柳町五林平などに保存組織が残っている。また、つがる市の牛潟小学校のように学校行事として虫送りに取り組んでいる例もある。

 いずれにしても保存組織が盤石ではないだけに常に消滅の危機と隣り合わせと言っていい。五所川原市飯詰のように一時、虫送りが途絶え、有志の手で復活した例もある。

 選択文化財を契機に虫送りが残る地域や保存組織の活動を明らかにし、継承の手段を確立しておきたい。

 虫送りは田植えが終わった後、蛇体形のムシを若者らが村境の神社などに運び、安置する。奉納場所が村境なのは害虫が村内に入り込むのを防ぐ狙いがあるといわれる。ムシと言いながら実際には竜や蛇に近いため、「水神」の使いとの説もある。

 開催時期も害虫が発生する夏ではなく、なぜ田植えの後なのか。南部地方が人形で、津軽地方が蛇体形と分かれる理由は何か。さまざまな疑問が残る。

 国や自治体の調査では虫送りの起源を含め、現在の形に至る経緯にぜひ迫ってほしい。

 選択文化財の直接の対象からははずれるものの、五所川原市の「奥津軽虫と火まつり」は、虫送りを県内外にアピールできる絶好の機会といっていい。

 五所川原青年会議所が1973年から続けているが、市の行財政改革のあおりで補助金が打ち切られ、存続が危ぶまれた。

 青年会議所を中心とする実行委員会が住民の協賛金を得て続けているが、こちらの伝統も絶やさないよう、市民の手で盛り上げていきたい。


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