| 2010年1月29日(金) |
「もう生きていても仕方がない」。冒頭陳述で検察は、社会から転落し追い込まれ、何の落ち度もない人々を殺害した被告の心情をそう述べた。 惨劇は2008年6月の日曜昼下がり、ホコテン(歩行者天国)で起きた。 あっという間に7人の命を奪い、10人に重軽傷を負わせた東京・秋葉原の無差別殺傷事件。この衝撃的事件で殺人罪などに問われた元派遣社員・加藤智大被告(27)の初公判が東京地裁であった。 罪状認否で被告は「事件当時の記憶がない部分もあるが、事件を起こしたことは間違いありません」と起訴内容を認め、謝罪した。 検察側は精神鑑定結果を基に、被告に完全責任能力が認められると主張。弁護人は「完全責任能力があることには疑いがある」と述べ対立。責任能力の有無と程度が大きな争点となった。 だが、この若者が社会を震撼(しんかん)させた事件とは何だったのか。 被告に事件と向き合わせ、真相究明へ惨劇を検証し、再発を防ぐという意味で裁判には刑事事件としての訴因の立証とともに、凶行の動機や被告の心の軌跡、そして現代が抱え込んだ社会的背景の解明に挑むことを求めたい。 単に被告を知ろうとするゆえではない。遺族の断ちがたい被害感情に、真に答えるためにである。 検察は、被告が岐阜県の短大を卒業後、派遣労働者として職を転々とした事実を指摘。派遣労働で自らの存在が認められず「部品やパーツ」のごとく扱われていると感じ不満を抱いた−と指摘した。青森市の高校から大学を出て以降、不安定な仕事、競争で振り落とされる「負けっぱなしの人生」(被告)の中、被告は悩みや苦境を携帯サイトの掲示板に書き込むようになる。 犯行前に被告は「負け組は生まれながらにして負け組」「職場に大卒の新人が来た。派遣の私より高給…うらやましい」などと書いた。「掲示板が唯一のはけ口だった」被告だが、掲示板からは慰めや同情は消え、被告になりすます偽物が頻発していったという。 検察はこうして被告の唯一の居場所はなくなり、存在が殺されたと感じるようになった−とする。行き場を失い孤立を深めた被告。認めてもらえぬ社会への怒りと憎しみを、社会への独り善がりの攻撃へと変えてしまったといえないか。 希望を見いだせない閉そく感からの暴発でもある。 無差別殺人事件が主として社会の在り方に非や難があると断定はしないが、少なくともその陰には現代社会の大きなひずみが潜む。 事件が現代日本の映し絵の一つなら、司法はそのことを明らかにし、警鐘を鳴らさねばなるまい。 被告は被害者や遺族全員に謝罪の手紙を書いている。重傷を負った50代の運転手・湯浅洋さんは丁寧な字体や文を見て「こんな手紙を書ける君がなぜ…。手紙の中の君を見て悔やまれます」と返事を書いた。 公判で被告は「せめてもの償いとしてできることは、どうして事件を起こしたのか明らかにすること」と述べた。被告はありのままを語ってほしい。事件がわれわれ自身に、「なぜ」を問いかけているからだ。 |