2010年1月27日(水) 東奥日報 社説



■ 背景に捕獲が必要な現実/「北限のサル」公開

 むつ市脇野沢で捕獲され、2009年4月に上野動物園に譲渡されたニホンザル(現在23匹)の一般公開が、24日から始まった。サル山に移動後、1匹が塀を乗り越えて一時逃走したが、まさに野生ザルの片りんを示すものだった。

 下北半島のサルは世界で最も高緯度に生息していることから、「北限のサル」と呼ばれる。寒冷地に適応して大きくなった体、白っぽくて長く密生した毛並みは、海外でも「スノーモンキー」として知られ、1970年に国の天然記念物に指定されている。

 展示されているサルたちは、下北半島を離れた時点で天然記念物ではなくなった。正確に言うと「北限のサルだったサル」だが、国内で野生ザルを展示した例はほとんどなく、都会の人々に下北のサルの生態を知ってもらういい機会だ。ぜひ人気者になってほしい。

 半面、学術的に貴重な北限のサルが、なぜ捕獲されたのか、その背景を忘れてはならない。下北から譲渡されたサルたちは、(1)生息数の増加で農作物などの被害が深刻化(2)群れの分裂で遊動域が拡大傾向−などの理由で捕獲された。

 サルの食害に手を焼いていたむつ市や北通り地区の4市町村は、2008〜11年度で270匹という大規模捕獲を国と県に申請、08年12月に許可が下りた。捕獲を知った動物園側が同市に譲渡を申し入れ、同年2月以降に捕獲された20匹が“上京”した経緯がある。

 上野動物園のサル山は1931年にできた国内第1号。これまで展示してきたニホンザルは、屋久島系や宮崎系の亜種の子孫で、雑種化が進んでいただけに、北限の野生ザルの展示は動物園側にとっても願ったりかなったりだった。

 当初、公開まで数年かかる予定だったが、1年もたたずに公開にこぎつけたのも、来園を見込める目玉としての期待の表れだろう。

 NPO法人ニホンザル・フィールドステーションが2009年12月に調査した中間報告によると、下北半島の生息数は「53群1818匹+α(アルファ)」。1960年代の生息数は、下北半島の西南部や西北部に6群250匹程度と推定され、半世紀で7倍以上も増えた計算になる。

 各自治体は、猿害対策として電気柵やサル接近警戒システムの設置を試みてきたが、サルの繁殖力に追いつかないのが実情だ。

 むつ市は2008年8月から、里に下りてきたサルをほえ立てて山に追い返すモンキードッグを2頭導入した。その結果、脇野沢地区の農作物被害額は07年の約97万円から08年は約25万円に減少。さらに大規模捕獲が始まった09年は約10万円に激減し、捕獲効果を立証した形だ。

 同法人の松岡史朗事務局長は公開展示について「下北のサルの魅力を伝えるとともに、ヒトとサルの共生が未解決である現状を訴える“下北の使節団”になってほしい」と語る。

 サル山デビューした下北のサルたちは、厄介者として薬殺処分される運命を免れたサルであると同時に、ヒトとサルの共生が、捕獲という最終手段に頼らざるを得ない現状を示していることも、しっかり心に留めておきたい。


HOME