| 2010年1月26日(火) |
沖縄県宜野湾市にある在日米軍の普天間飛行場を同県名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部に移設する計画の是非が争点になった名護市長選で、移設に反対する新人の稲嶺進氏が、移設を容認する現職の島袋吉和氏を破り初当選した。 自民党・公明党政権下の4年前、日米両政府は普天間飛行場を日本に返還し辺野古へ移設することで合意した。その後、昨年夏の衆院選で県外移設も唱えて政権を奪った鳩山首相は、合意見直しに動いてきた。 だが、合意通り実施するよう求める米との交渉が難航。政府は昨年末、移設先について判断を先送りすると決めたが、首相が繰り返し「大事にしたい」と述べてきた地元の思いが今回、移設ノーとして示されたのである。今度こそ、首相が決断を下す番だ。 首相は選挙結果を受け、移設先の結論は、昨年末に決めた方針通り今年5月末までに出すと述べた。 結論が6月以降にずれ込んだり、前の政権時代のこととはいえ重い政府間の約束を覆して県外移設を打ち出せば、首相が外交の基軸と位置づけながら、自らの発言の揺れもあって溝が広がりつつある日米関係に悪影響を及ぼしかねない。 一方、今回の民意も尊重しながら県外移設先を決めるのも簡単ではない。 民主党や連立を組む社会民主党、国民新党は、2月前半に具体案を出して移転先を絞りたい考えだが、候補地に浮上した地元は反対の声をあげている。 県外移設を主張する社民や、名護市長選を機に沖縄で一層高まりそうな県外移設の期待に沿えないと連立政権が大揺れになり、政権への信頼も落ちるだろう。 県外移設も辺野古移設の道も険しいとなると、市街地に飛行場があり、騒音問題や事故などの危険を抱える普天間の現状が固定化される心配も出てくる。 米、連立与党、沖縄、移設候補の地元をすべて納得させる落としどころを見いだすのは、とても難しい。だからこそ、方向を定め相手を説得していく。それが首相の仕事ではないか。 今年は、戦後日本政治の軸になってきた日米安保条約の改定から50年の節目。一方で、日本への返還から38年もたつのに在日米軍基地の約75%が集中し、基地負担に苦しめられ続けている沖縄の現状をこの先も放置するのは、許されない。 名護市では1998年以降、移設の是非をめぐる市長選で3回続けて移設容認派が勝っており、移設反対派の当選は今回が初めて。 地元振興のため多額の国費が投じられるのと引き換えに、基地負担を受け入れる。だが、地元振興はあまり図られない。そんな基地政策への不満、不振が噴き出した結果とされる。 それだけではなく、基地問題で市民が二分されるのを早く終わらせたい、という思いが反対派、容認派を問わず底にあるという。 政権が交代した。日米関係や安全保障のこれからのあり方を深く考えたいときだ。名護市政の流れも変わる。市長選の前に指導力・調整力を発揮できず、結果として国政の重要課題への判断を名護市民に強いた首相は、八方美人的な発言や一時しのぎにも見える対応を、もうしてはならない。 |