| 2009年12月16日(水) |
日本に返還されてから37年たつ今も、日本の国土面積の0.6%しかない沖縄県に、在日米軍専用施設の75%が集中している。 米海兵隊員による少女暴行事件があった翌1996年、日米両政府は、同県宜野湾市の住宅密集地にある米軍普天間飛行場の日本への返還に合意した。ところが、2004年、普天間の近くの沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落した。 06年、両政府は、普天間の移設先を同県名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸部とすることで合意したが、先の衆院選で県外への移設を訴えた民主党中心の政権に交代した。 航空騒音や事故、犯罪の不安などに長く苦しめられてきた沖縄県民の間で、自民党政権が米と約束した辺野古案が見直されるのではないかという期待感も高まる中、政府は米と交渉するための方針を決めた。 移設候補地をどこにするかは、辺野古案も含めて与党3党が協議して来年決めるという内容だ。さまざまな議論、動きがあったが、結局は先送りである。 沖縄ではこれについて、辺野古案を時間をかけて見直して県外移設を目指すものという肯定的な評価、辺野古案が振り出しに戻り、普天間の危険な状態が固定化されかねないという否定的な声が交錯している。 反応はさまざまだが、沖縄が最も望んでいるのは、基地負担をできるだけ軽くする方向で解決してほしいことだろう。政府は、その思いをあらためてかみしめて対米交渉に臨むべきだ。 ところが、新方針が決まった直後にもかかわらず、首相は辺野古に代わる移設先を模索し、数カ月で決めるという考えを示した。これは新方針とは違うし、首相の真意が何かも分からなくなる。混乱もさせる。 沖縄の負担をどう取り除くか、辺野古への移設という日米合意も踏まえつつ、米との同盟を日本により望ましい中身にしていくかについて、首相が明確に道筋を描く。それに沿って国内を調整し、米を説得して展望を切り開く。それが首相の務めではないか。 民主と連立政権を組む社民党は、県外・国外への移設を求めている。先送りには、社民との連立を維持したい民主の思惑がある。 政府は一方で、来年度予算案に辺野古での環境影響評価など移設関連費を計上することにした。米側に配慮したのだろう。 だが、米側は、沖縄にいる米海兵隊員8千人のグアムへの移転とセットになっている合意が実行可能な唯一の案であり早期決着を、と繰り返し主張してきた。 新方針では、移転先も結論を出す時期も示していないため、米側が強く反発するとみられる。首相が先に会談したオバマ大統領との信頼関係や、会談で一致した「日米同盟の深化」に影響を与える懸念も強い。 新方針は沖縄や社民、米の“顔”をたてるのに腐心した一時しのぎ案にもみえる。これでは、政府が三者の間で板挟みという状態が続くだけでなく、事態の悪化をもたらしかねない。 首相はこれまで、普天間問題で八方美人的な発言を重ね、それが閣内の意見不一致につながり、自らを動きにくくしてきた問題も深く見つめる必要がある。 |