2007年1月8日(月) 東奥日報 社説



■ 夢追うもよし、迷うもよし/成人の日

 大リーグにあこがれたのが十歳。十六年後「夢という言葉は好きじゃない。大リーグで投げられると信じてやってきたからここにいると思う」と話す。レッドソックス入団が決まった時の松坂大輔投手の言葉だ。

 井上陽水さんは医歯系の大学を目指していた。父は歯科医で息子は自分だけ。後継ぎと期待された。だが合格できない。一九四八年生まれの団塊の世代。ライバルも多かった。

 三年浪人した後、悠長な計画を立てた。子どもの数が少なくなっているそうな。とすればライバルが減る十年後に再受験すれば…。その日まで食いつなごうと働いていて、音楽に出合ったという。すんなり合格していたら、音楽家・井上陽水の誕生はなかったかもしれない。

 妹の短大生(20)の遺体を切断した死体損壊容疑で逮捕された予備校生(21)も、歯科医志望だった。三浪中の身というのも陽水さんと同じだ。

 妹はアイドルになるためダンスなどの練習に励み、演劇の舞台に立つまでになった。その妹から「勉強しないから夢がかなわない」となじられたという。

 妹は夢への階段を昇りつつある。両親は歯科医。兄も私大医学部に通う。自分だけは階段の前で足踏み。四度目の受験も近い。そんな重圧に妹の言葉が重なり、キレてしまったのか。

 夢に向かって努力する。夢はあるが、あまりに大きく途方に暮れる。夢を見つけられなくて迷う。夢を探す余裕などなく毎日の生活に追われる。

 きょうは成人の日。県内で一万六千三百九十六人が大人の仲間入りをする。その一人一人が節目に夢を考えるかもしれないが、キレてほしくない。

 小説家の故・高橋和巳さんは「自立と挫折の青春像−わが青年論」という文章で、こんな告白をしている。

 十四歳だった一九四五年、大阪大空襲で焼け出される。街は一面の焦土。腹が減る。考えるのは白米を食べることばかり。異性の友もいない。「私の青春は荒廃していた」

 だが、高橋さんのような生き方を左右する劇的な経験も夢もなく、いらだつ若者はどうしたらいいか。「なにひとつ新しいものがないように見える日常性を掘って掘って掘りまくり、すばらしい劇を掘りあてて」と高橋さんは書いている。

 来生たかおさんが作曲して歌う「夢の途中」に「今をなげいても 胸をいためても ほんの夢の途中」という歌詞がある。夢の階段の手前か、一、二段しか昇っていなくても焦ることはない。まだ二十歳。「ほんの夢の途中」なのだから。

 陽水さんの「夢の中へ」という曲には、三浪という挫折、寄り道をしたから生まれたかな、と思わせる一節がある。

 「休む事も許されず 笑う事は止められて はいつくばって はいつくばって いったい何を探しているのか 探すのをやめた時 見つかる事もよくある話で」

 今年還暦になり定年を迎え始める団塊の世代にも、若いころ抱きながら果たせなかったり忘れかけていた夢を再び追いかけてみよう、これからゆっくり夢探しに行こうという人がいる。


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