2006年3月24日(金) 東奥日報 社説



■ 子守歌/歌ってあげていますか

 「日本のうた」である子守歌を滅ぼしてはいけない。子守歌は、母の歌であり、いのちの賛歌でもある。大切に歌い継ぎ、親と子、人と人の絆(きずな)をつむいでいきたい。

 ねんねんころりよ
      おころりよ
 坊やはいい子だ
      ねんねしな
 坊やのお守りは
      どこ行った
 あの山越えて 里へ行った

 子守歌は「母から子、そして孫へ」と歌われてきた“題名のない名曲”といえる。大名の参勤交代に伴って各地に伝わり、多数の類歌を生んだ「江戸の子守唄(うた)」もあれば、「五木の子守唄」のようにその土地で自然発生的に育ったものもある。

 歌ってくれた人の数だけ子守歌はある、と言われるのも、その時々で自由に歌われてきたからだろう。

 子守歌を聴くと、人はなぜか心がほほ笑んだり、切ない気持ちになる。心の一番深いところに触れるからに違いない。母の背で聴いた歌は、子どもの心の中に無意識に記憶される。愛情の原点といっていい。

 作家西舘好子さんは六年前、民間非営利団体(NPO)「日本子守唄協会」を設立した。埋もれた子守歌を探しては、譜面化し続けている。子守歌を通して「いのちの大切さ、家庭の平和」を考え直そうという思いからだった。

 その西舘さんは、最近の子どもは子守歌を知らないと嘆く。「揺籃の歌」(ゆりかごのうたを…)「こもりうた」(ねんねや、ねんねや…)「ブラームスの子守歌」と、すてきな子守歌がたくさんあるのに残念なことだ。

 ある育児用食品メーカーが行った「子どもの寝かしつけ」調査によると、「子守歌を歌ったことがない」と答えた若いお母さんは22.4%に上った。一方で「ほぼ毎日」が14.6%、「時々」は31.1%だった。家庭で子守歌が歌われなくなっている。

 泣げば山がら
  もっこア来るじゃ
 泣がねば海がら
  じょうじょ来るじゃ
 あんまり泣げば
  かましコ下げで
 袋下げで もっこア来らア
 したはで 泣ぐな

 岩崎地方(深浦町)に残る子守歌だ(「日本わらべ歌全集」から)。

 「地域の中で子守歌が聴かれなくなって、犯罪が増えたという学者がいます。子守歌は人が最初に聴く歌であり、母親がわが子に歌う最初の歌。親と子の絆をつくる素材です。大事に伝承していきたい」という西舘さんにエールを送るとともに、ぜひよろしく、と頼みたい。

 忙しい世の中である。日々の生活の中で、やすらぎやゆとりが失われがちだ。そんな時代だからこそ子守歌を歌ってあげてはどうか。親子の愛情をはぐくむのにきっと役立つだろう。

 家庭教育のあり方が問われている今、心の絆、人間の原点を見つめ直したい。


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