Web東奥・社説20010722
  
2001年7月22日(日) 東奥日報 社説



■ 曲がり角の核燃料サイクル

 わが国の原子力政策の基本となっている核燃料サイクル路線の破たんがいよいよ現実味を帯びてきているようだ。

 「原発から出る使用済み核燃料をすぐ再処理せず、三十−五十年間保管する中間貯蔵を積極的に推進すべきだ」「将来の使用済み核燃料の取り扱いに、経済性などの変化に応じた柔軟性を持たせるべきだ」

 鈴木篤之東大教授と米ハーバード大の研究グループがこんな内容の提言を発表した。

 鈴木教授は国の審議会で原子力政策立案に深くかかわっている人である。提言が今後の原子力政策に影響してくる可能性は大きい。

 核燃料サイクル政策がどう変わっていくのか。六ケ所村に再処理工場を抱え、むつ市に使用済み核燃料の中間貯蔵施設構想を抱える本県にとって、厳しくチェックしていく必要がある。

 わが国の核燃料サイクルは、最初から使用済み核燃料の全量再処理を前提としている。鈴木教授らはその時の状況に応じた柔軟対応を主張しており、核燃料サイクルの修正を求めている。

 確かに、全量再処理の大前提があるために、現状ではさまざまな問題が噴き出している。

 再処理の本来の目的は、使用済み核燃料からプルトニウムを取り出し、利用することにある。しかし、プルトニウム活用の本命だった高速増殖炉もプルサーマルも実用化の見通しが立っていない。

 こんな状況なのに、電力業界は再処理を目指し、使用済み核燃料を着々と六ケ所村の再処理工場に運び込んでいる。原発に使用済み核燃料があふれかえるという差し迫った事情があるからだ。

 鈴木教授らは、原発に使用済み核燃料を貯蔵する余裕がないという理由だけで再処理することを批判しているという。もっともなことであるが、現実は背に腹は替えられないということなのだろう。

 ところで、六ケ所村の再処理工場が稼働したとしても、いずれは原発敷地に使用済み核燃料はあふれる。工場の年間処理能力は八百トン。全国の原発から出る使用済み核燃料は年間九百トン余り。百トンは未処理のまま残るからだ。

 中間貯蔵はそれに対応するために出てきた発想である。いわばどろなわ式に浮かび上がった苦肉の策と言っていい。

 今のところむつ市だけが手を挙げ、東京電力が立地調査を進めている。当然のごとく、むつ市民からは「中間貯蔵後の搬出先が見つからなければ、どうするのか」という素朴な疑問が出ている。

 これに対し、同電力は「国の計画では二〇一〇年から第二再処理工場の建設を検討することになっている。全量再処理が義務づけられているので、最終処分地化はあり得ない」と説明している。

 これは建前としては確かに間違ってはいないだろうが、極めて非現実的であり、誠意に欠ける説明だと言わざるを得ない。どうするかをいま決めずに、その時その時で対応すべきだ、とする鈴木教授らの主張がむしろ分かりやすい。

 ただし、なぜあいまいな形にしなければならないのか、どのような選択肢が考えられるのか、などを率直に市民に説明することが前提である。

 これまでの原子力に関する住民説明は、あまりに教条的で、原子力事情の真実からかけ離れた内容が多すぎた。前述の東京電力の説明などはその最たるものだ。そろそろ本音で語るべき時である。ある日突然、核燃料サイクルの中身が修正されました、などと告げられるのは願い下げだ。

 判断の主役は住民であり、その住民の決断の奥には何世代もの子孫に対する深い思いがこもっていることを国や電力は肝に銘じるべきである。


HOME