八戸市
  • 魚食文化

  •  八戸市と東奥日報社は24日、地域の食材にスポットを当てるイベント「食の味力発見in八戸市」を八戸ポータルミュージアムはっちで開いた。テーマは八戸の魚食文化。「イカとサバのつみれ汁~白浜女房風」と「イカサバ団子のトマト風味鍋」をそれぞれ先着100人に振る舞った。
海の恵み 工夫し受け継ぐ
  • 写真「トマト風味鍋」のサバとイカの下処理もスムーズにこなす八戸水産高校の生徒たち
  • これが味力

    はっち魚食ガールズ鍋

    写真 女性の視点から魚食文化振興を考える「はっち魚食ガールズ」が考案。白浜地区の女性たちが手がけた「イカとサバのつみれ汁~白浜女房風」(写真手前)はあっさりした味でつみれのうまみを楽しめる。八戸水産高校水産食品科生徒たちの「イカサバ団子のトマト風味鍋」(同奥)は洋風仕立ての濃厚なスープに焼きサバやイカもあしらった豪華さが特徴。

 「魚が食卓にないと寂しい」。八戸はサバ、イカをはじめとする魚が食卓を彩り、子供のころから新鮮な魚を食べ、多くの人たちが魚にかかわる仕事に就く。

 白浜地区に暮らす磯島久美子さん(58)も家族が漁にかかわる一人。秋には鮭、5~6月はヒラメ、かご漁でタコやハモ、ヒラガニがとれ、新鮮なうちに刺し身にしてキモとあえるドンコのたたきは、漁師ならではの絶品料理だ。余った魚は近所に配り、魚を通じて絆を結んできた。「白浜地区のような地元密着の沿岸漁業は『小商売』と言ったの。とって食べて残りを売って欲張らない。資源を取り尽くさない知恵」と磯島さん。漁期を守り、小さな魚は海に返すなど海に暮らす知恵を守ってきた。

 そんな営みを続けてきた浜を東日本大震災の津波が襲った。白浜地区も船や網を流され、家を失った人も出た。磯島さんも作業小屋が流され、後片付けには1年近くもかかった。疲れ切って体調を崩した。「こんなことは初めて。海の恩恵と同時に怖さを痛感した」と振り返る。2014年に写真家の田附勝さんと出会い、素朴な焼き魚、煮タコなど普段の料理を振る舞ううちに交流が生まれ、元気を取り戻したという。

 磯島さんは夏場に浜の料理を出す「白浜女房」を開くが、観光客にも人気だ。「ヒラガニのだしを生かしたせんべい汁など地元の料理ですが、気取らない、新鮮な味はここに来ないと食べられないし、おいしいと喜んでもらえますね」と胸を張る。

 魚食文化は次世代にも受け継がれている。「魚はいつも食卓に上がります」と八戸水産高校水産食品科2年生の盛口眞衣さん。祖父が漁師で、イカやマグロなどの刺し身を幼いころから食べてきた。魚をひたすらさばく実習でも丁寧に、手際良くこなしていく。3年生の濱谷京香さん、苅谷麻美さんも魚食に親しんできた。魚とおからを使った料理をつくる課題実習では、ホタテのエキスを使ったクッキーを作ったり、魚醤(ぎょしょう)やアンチョビを活用するなど、若者らしく工夫した料理を完成させた。

 指導に当たる柳沢幸恵教諭(37)は「八戸は魚自体がおいしいから、あえて加工せず食卓に上がることが多い。伝統的な味を受け継ぎつつ、新しい魚食の料理をつくりたい。生徒たちのほうがアイデアはすごいですよ」と笑う。「イカサバ団子のトマト風味鍋」は、生徒たちのアイデアをまとめて完成させた。若者にもなじみがあるトマト味にしたり、みそとバターを入れることで魚の臭みを消すなど工夫を重ねた。

 「イカには食材として興味があります。つみれのほか焼いたり、いろいろ挑戦したい」と盛口さん。若い人たちにも魚食はしっかり根付いている。

来場者の声
  1. 写真

    子どもでも食べやすく

    八戸市鮫町館越
    岩舘 恵美子さん(67)

     つみれ汁は地域の人々が集まる時に作ると重宝です。おいしいし温まります。「イカとサバのつみれ汁」は酒やショウガ、ニンニク少々を入れて、サバのくさみを取るのがポイント。つみれを作るときは面倒でも細かくたたくと味がしみます。子供でも食べやすい味です。
  2. 写真

    温かさにじみ出た味

    八戸市江陽1丁目
    正部家 耕司さん(33)

     八戸水産高校の生徒がつくった「イカサバ団子のトマト風味鍋」はスープがトマトベースで、初めて食べる味。おいしいです。八戸の温かい人に支えられて、市が進める「南郷アートプロジェクト」の活動に参加していますが、そんな八戸の温かさがにじみ出た味です。
  3. 写真

    作ってみたくなる鍋

    八戸市中居林
    田中 まり子さん(57)

     あっさり味が好みなので、白浜のみなさんのつみれ汁を選びました。サバは焼いたり、イカはてんぷらなどよく食べますが、つみれは初めて。イカが入っているので弾力のある食感で、スープにつみれのうまみが溶け込んでおいしかった。自分でも作ってみたいですね。
八戸市の魚食文化について聞きました
  • 田附勝さん(写真家)

    <たつき・まさる 1974年富山県生まれ。98年から9年間にわたり全国でトラックやドライバーの撮影を続け、2007年に写真集「DECOTORA」を刊行。11年には東北各地の暮らしや鹿猟を追った写真集「東北」を刊行し、第37回木村伊兵衛写真賞を受賞>

  1. フクロウくん

    ●八戸の魚食文化の特徴は?

    有識者

     人と魚のかかわりを考える「はっち魚ラボ」の一環として浜に暮らす人々を長期取材した。

     「八戸は大規模な漁港もありますが、白浜、深久保、種差、大久喜など小さな漁港にひかれました。毎月1週間ほど1年近くにわたり漁師の皆さんに溶け込みつつ、第三者の視点で暮らしを見つめてきました。一緒にご飯を食べましたが、とにかく魚が食卓に上がります。調理は手が込んでいなくても、その時々に揚がる魚を食べる、季節感ある暮らしがありました」

     「沿岸地域の畑に行くと縄文土器のかけらが出るそうです。浜があるから人がずっと暮らしてきた。毎日海を眺め、とれた魚を食べ、半農半漁で生きる姿は、生活の原点であり、まさにユートピアと感じられました」

  2. フクロウくん

    ●魚を食べる意義とは?

    識者

     魚を食べることを大事にしてきた一方で、現代は食卓の“魚離れ”も指摘されている。

     「切り身になって売られている魚も最初は生きています。牛肉も同様。食べる行為は生命をいただく儀式。あやめたものをちゃんといただき、エネルギーを取り込む作業です。魚がどんな顔か、跳ね回る勢い、血を流しさばく作業…これらを知ることは、自分たちがどうやって生きているのかを知ることでもあります。現代は流通や経済が発達し、命をいただく過程を知らずに食べていますが、浜の暮らしや漁を知ると、命をいただいている事実を意識するようになる。生命や食の原点に気づき、実感を持って食べることが大切ではないかと思います」

  3. フクロウくん

    ●浜の取材で感じたことは?

    識者

     「網を準備し、えさをつける人など、いろいろな人がかかわって魚はとれます。漁にも同行しましたが、大海原では開放的で自由であり、命の危険とも隣り合わせです。厳しさも必要となる。また、昔は山で木を切り、船をつくり、海へ出た。循環した生活です。今も、浜の人たちでサラリーマンを経験した後、海に携わっていたいと漁師になる人もいます。海を中心に循環し、人も循環している。そうした魚と人のかかわりや『食べる』行為について、写真展『魚人』を通じて感じてほしいですね」