2008年8月1日(金) 東奥日報 連載

5年連続の夏/青森山田 甲子園へ

■ (下)「弱点克服」「投手陣全体の奮起」鍵/一皮むけた主戦木下

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春から夏にかけて、主戦として大きく成長した木下 」
 澁谷監督は「チームの弱点は、投手陣の不安定さだ」と分析していた。3、4月の関東遠征で戦った10数試合のうち、大半は投手陣が打ち込まれて敗れた。「春以降勝ったのはすべて打線のおかげ。投手が抑えて勝った試合は一つもない。守勢に回ると悪い流れを断ち切れずにずるずると失点してしまう」と主戦木下。投手中心の守りからリズムよくアウトを取り、次の回の攻撃へつなげていく、という理想の展開の根幹が揺らいでいた。

 誰よりももがいていたのは木下だ。春季東北大会決勝、7点差を返して逆転優勝した試合でも、木下は先発の役目を果たせず4回途中3失点で早々と降板。歓喜に沸くナインを尻目に、木下は力不足を悔やんだ。「もっと自分が変わらなければチームは強くならない。今さらながら思った」。

 春季大会終了から夏の県大会までの約1カ月間、木下は自分が最も成長した期間だと自負する。「エースであるからには練習量も、練習に対する姿勢も、チームの中で常に1番になろう」と自分に言い聞かせ練習の密度を高めた。

 臨んだ夏の県大会。2−4回戦は順調だったが、準々決勝・青森高戦で、8点リードから救援陣が打ち込まれて辛勝。本番で投手陣の弱点が露呈し、チームの雰囲気は悪かった。この嫌な流れを断ち切り、準決勝をピシャリと抑えたのが木下だった。「自分はチームの看板を背負っている」と気迫の投球で七回コールド、零封に仕留めた。

 決勝でも光星学院を完封した木下は、エースとして十分な実力を発揮した。だが、甲子園は木下一人だけで勝ち進むのは難しい。真夏の炎天下、コールドゲームはなく必ず九回を投げなければいけない。2番手の田中、2年生右腕齋藤、左腕中村といった他の投手の踏ん張りが必要だ。田中は、決勝で見せた木下の力投に「背番号1が大きく見えた」と目を見張り、木下は「うちの投手は全員、相手打線を抑えるだけの力は持っている」と信頼を寄せる。県大会で一皮むけた木下を柱に切磋琢磨(せっさたくま)していけば、おのずと勝利は近づいてくる。

 決して野球エリートばかりではなく、ずば抜けた力量を持つ選手がいるわけでもない中で、つかんだ5年連続甲子園という栄光はひたすら高いレベルで練習に明け暮れた結果だった。県大会優勝にも、澁谷監督は「これで終わりじゃない。甲子園で一つでも上に行けるようにまた一からやり直す」とナインを引き締め直した。

 つなぐ野球と、投手陣の“復活”で、ナインは全国制覇を目標に夢の大舞台に乗り込む。





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