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    ~5000歩の旅~
    つがる市木造地区
  • 縄文からの歴史の街
写真巨大な遮光器土偶像がそびえる木造駅=地図(1)

 秋の気配を少し感じる8月下旬、つがる市木造地区を歩いた。同行者は、JR東日本の人気企画「駅からハイキング」で津軽弁ガイドを務める木造高校流通ビジネス系列専攻2、3年生「けっぱれんじゃー」のメンバー12人。10月上旬のハイキング本番に向けた練習に一緒について回った。

 スタートは五能線木造駅。高さ17メートルの巨大な遮光器土偶像をあしらった駅舎は迫力満点。列車が入線すると目玉の部分が光る。高校生ガイドの佐藤陣君(3年)は「亀ケ岡遺跡をアピールしています」。駅前通りを約150メートル進むと道路左側に築85年の佐野商店がある。店主の佐野良子さん(73)が「昭和の初期、サイダーを商品化し、ヒットしました」と話してくれた。(八木橋充)

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▼465歩
写真水虎様(かっぱ神)がまつられている実相寺本堂の厨子。間宮住職が案内してくれた=地図(2)

 佐野商店の角を左に曲がると開びゃく400年の日蓮宗実相寺に出合う。水虎(すいこ)様(かっぱ神)の像を本堂にまつっている。「ここは子どもの水難が多い土地だった。1866(慶応2)年、当時の住職が子どもを守ろうと水虎様をまつった」と現住職の間宮康文さん(72)がいきさつを説明してくれた。

 駅前通りに戻り、中心街の北端、古田川(こでんがわ)のほとりにある「かっぱ広場」に向かう。途中、大正ロマン建築の旧高谷銀行前を通る。明治、大正時代、この地方唯一の金融機関で繁盛したが、昭和の大恐慌のあおりで倒産した。

 太宰治が小説「津軽」で「木造はコモヒ(こみせ)の町である」と記している千代町商店街のアーケードを抜ける。この辺りは、かつてのにぎわいを感じさせる。

▼1477歩
写真古田川のほとりにあるかっぱ広場=地図(3)

 「かっぱ広場」に到着。高校生ガイドの加藤奈那さん、浜谷美津季さん(ともに2年)は「そばに夫婦の水虎様をまつるほこらがあったことに由来しています」と解説してくれた。そこから進路を西へ取り、田んぼの広がる市道に出たら南へ。

▼2020歩
写真縄文住居資料展示館カルコ。縄文人の生活風景を紹介する展示の前で解説する田中さん=地図(4)

 しばらく歩くと「カルコ」に出合う。正式名称は縄文住居資料展示館。世界遺産登録を目指す亀ケ岡遺跡や田小屋野貝塚をはじめ、市内82カ所ある縄文遺跡から出土した資料を展示している。「最近は九州からも来場者がある」と、管理人を務めるNPO法人つがる縄文の会の田中誠さん(74)が教えてくれた。

 東に向かい、古田川を越えて右折。1972年まで木造高校があった銀杏ケ丘公園、現在の木造高校へと歩き、つがる市最大のイベント「馬市まつり」発祥の地十和田神社へ。

▼4026歩
写真春の駅からハイキングで誕生した「しゃこちゃんケーキ」と當麻シェフ=地図(5)

 十和田神社の近くの「たいま和洋菓子店」で、けっぱれんじゃー別動隊の生徒らが考案した「しゃこちゃんケーキ」をお土産に買う。同店の當麻順悦シェフ(42)は「おかげで一番の人気メニューができました」と笑顔で語った。

 木造駅に戻ると歩数は計4573歩。メタボ腹のウエストがちょっぴり絞れたような気がした。