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安心・安全を積み重ね、
顧客の信頼を築く

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泉山 元氏
三八五流通株式会社
代表取締役社長
1949年、八戸市生まれ。72年、東洋大学卒。メーカー勤務後、74年、三八五貨物自動車運送株式会社(現・三八五流通株式会社)入社。専務取締役、代表取締役副社長を経て、85年、同社代表取締役社長、三八五流通グループ会長に就任。現在、東北経済連合会常任政策議員など公職多数。
■全国へ物・人・情報を運ぶ

----御社は、農産物から食品、原料、一般雑貨などの輸送だけでなく、グループとして多岐に渡る事業を展開されています。あらためて御社の沿革や事業内容・規模を教えてください。

 三八五流通グループは、4つの事業部門、39社で構成されています。ロジスティクス(物流)部門が19社、バス・タクシー、旅行会社などの観光部門11社、ホテル・食品部門4社、建設などサポート部門が5社で、グループ全体の売上高は年間390億円、従業員数が3800名、車両数で2570台となっています。このうちロジスティクス部門の売上高が年間270億円、従業員数2500名、車両数1980台で、グループ全体の約7割を占めています。

 グループの中核である三八五流通株式会社は、もともと三八五貨物自動車運送の名で私の父が立ち上げた会社で、運輸省(当時)の認可を受けたのが1949(昭和24)年。戦後復興の時代ですので、建設資材やリンゴなど農産物をこちらから東京に運んでいたようです。また三沢の米軍基地建設に関わる労務者の輸送も行い、それが現在のバス・タクシー事業へとつながっています。当時は、物でも人でも、なんでも運ばないと食っていけないという感じだったのでしょう。現在、営業範囲は全国、事業拠点は北海道から東京まで東日本全体に配置しており、積み荷は、米、野菜などの農産物をはじめとして多岐に渡ります。これらを地元から東京などへ運び、帰りは日用雑貨などを積んで帰ってきます。このほか、グループの中には、医薬品、燃料、生コンなどの建材を専門に運んでいる会社もあります。

 近年は、機密文書保管輸送、血液輸送なども手掛けさせてもらっていますが、これは「安全・安心・信頼」を掲げて長く事業に取り組み、お客様に信頼いただいた結果だと自負しています。時代の変化に伴い、荷物も多様化してきますが、何でも相談されれば、当社でできるかできないか、できるためにどうすればいいか、ということを考えてチャレンジしてきました。それはこれからも変わりません。

----物流業界では、輸送需要の伸び悩みやドライバーの高齢化など課題も抱えています。こうした状況下での生き残り策や今後の事業展開への抱負などお聞かせください。

 人口減社会となり、少子高齢化が進行するのに伴い、物流の量は確実に減っていくと思います。運ぶ量が減ると同時に、どの仕事もそうだと思いますが、ドライバーになる人の数も減っていく。そうした縮小傾向の中で、どういう会社が生き残っていけるのか。お客様のパートナーとして選んでもらえる会社になるためには、やはり、いかに信頼関係を築いていくか、そのために努力することだと思っています。かつては、とにかく安ければいいとか、トラックを何台集められる、ということが選択の基準になった時代もありましたが、今はそうではありません。お客様の目も変わってきています。地元に根を張って、安定した仕事をきちんとしている、そういう会社が選ばれます。一度はとても安くやってくれたけど、次の時には運転手が辞めて手配がつかない、これではパートナーにはなれません。堅実な仕事をしている会社と組みたいわけです。そうしたお客様の要望に応えられるよう、私たちは、さらなる「安全・安心・信頼」のために常にスキルアップしていかなければならないと考えています。

 ひとつの例としては、東日本大震災の後、当社の信頼は一段、二段高まったと実感しています。私たちも被害を受けましたが、すぐに支援体制に回りました。八戸のサイロ基地が駄目になったというので、秋田港から飼料を運びました。福島にもバスを出して、寝泊まりしてもらいながら原子力発電所に人を運ぶということもしました。某新聞も1日も止めずしっかり輸送しました。それで全国から高い評価を得たのです。お客さんは見ています。災害や突発的な事故の時も、急な要望にも、安定的に輸送の責任を果たす。そういうことが、次の信頼につながっていくのです。

■生産者と消費者を信頼で結ぶ

----大都市圏から離れた本州北端の地で物流企業が担う役割は大きいと思います。地域経済の現状と将来についてどのように考えていますか。

 地域経済の柱は、やはり一次産業です。現状、すでに後継者問題が深刻になっているわけですが、昔は子どもが多かったので、長男が農家を継いで、次男、三男は三八五でトラックのドライバーになってもいいという感じで、私たちもうまく農村社会と協調しながら発展してきた経緯があります。しかし、今は一人っ子が多く、それも難しくなりました。また、長期的にも、一次産業が衰退していけば、私たちが扱う荷物も減っていくわけです。TPPについてはまだ詳細がわかりませんが、いずれにしても生産性の高い、元気ある一次産業を作っていかなければ、地域経済全体の活性化につながらないと感じています。

 一方、観光面での活性化としては、これからはやはり中国からのお客様をどう誘客していくかということが大きいと思います。札幌も函館も、京都も金沢も、日本全国、観光地といわれる所は、中国からの「爆買い」のお客さんで、宿がとりにくいほどだといいます。そんな中、東北にはあまり来ていませんね。一部ではそうした状況があるのかもしれませんが、偏っていて波及効果は実感できません。東北全体がそうなのですが、もう少し受け入れ体制を考えるべきなのではないかと思います。言葉の問題や、サービスの仕方はこれでいいのか、外国のことをもっと勉強するべきではないか、そうした見直しは必要なのではないかと思います。

 もうひとつ、私は、世界各地の世界遺産を見てきましたが、十和田湖は世界遺産にしてもいいほどの資源だと思っています。衰退していると言われて久しいですが、やはり青森の第一級の観光資源である十和田湖をもっと活用することを考えるべきだと思います。

 人口減少、高齢化の進行、これはもう前提として受け止めなくてはなりません。今も景気がいいという感じはしないですが、今後、どんどんよくなるということも考えにくい。物はだんだん売れなくなる。そういうものだとして、その中でどう食っていくか、それぞれの企業が事業展開を考えなければなりません。バブルの頃と比べて悲嘆していても仕方がないわけです。特に経営者としては、社員と一緒になって「景気が悪い。人手が足りない」と嘆いていても、誰も助けてくれません。社員が一挙手一投足を見ているわけですから、「最近、顔色悪いな。食も進んでないようだ」では会社全体の士気に関わります。先頭に立つ者としては、悲観していないで、この時代の景気とどう折り合いをつけていくのか、舵取りしていかなければならないのです。

----最後に、三八五流通グループのリーダーとしての経営理念、信条などお話しください。

 三八五流通グループでは、バス、タクシー事業の展開が観光業につながり、ホテル経営も行うというように、関連する業種に事業を拡大する形でこれまで39社を設立してきましたが、その中で、メーカーは1社だけです。その他の会社は、全て「流通」に関わる事業を展開しています。生産者がいて、消費者がいて、その間を物や人が動き、お金も情報も流れています。これ全体がすなわち「流通」であり、ここが私たちの土俵です。そのなかにビジネスチャンスはたくさんあります。流れている物、人、情報を自社の仕事に結びつけることで、グループ企業を増やしてきましたし、そうした意味で、社名を「三八五貨物自動車運送株式会社」から「三八五流通」と変えたわけです。例えば、私たちは東京にも取引先があり人脈がありますので、地元の特産品の中央での販路開拓までお手伝いしています。中にはプロモーションビデオを作ってPRしたものもあり、着実に売り上げを伸ばしています。そこでもやはり培ってきた信頼ということが重要なのです。首都圏のお客様にも「三八五が持ってくるものだから間違いないだろう」と信頼していただけなければ、販売は増えていきません。また、それが拡大していけば、私たちが扱う荷も増え、次の仕事につながっていくかもしれないわけです。

 近年、企業のコンプライアンスが取りざたされる事件が多く起きています。それは当然遵守すべきことですが、私たちももう一度衿を正して、いっそうの安心、安全な事業を積み重ね、さらにお客様の信頼を得られるような組織になるよう努力を続けていかなければならないと思っています。