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地域の食文化に根ざした
「五戸の地酒」の味を守る

■五戸の食とともにある酒
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三浦 弘文氏
株式会社 菊駒酒造
代表取締役社長
1981年、五戸町生まれ。東京農業大学で醸造学を学んだ後、東京の地酒専門の小売り店に勤務。2008年に帰郷し菊駒酒造入社。10年、7代目として代表取締役社長に就任。

----五戸町には2軒の老舗酒造がありますが、御社の商品の特徴を教えてください。

 現在当社では、ビンの大小は別として、種類で言いますと8種のお酒を造っています。日本酒には流行があり、同じラベルのお酒でも、時代によって、軽めだったり、甘めだったりします。いまは、どちらかというと、軽めが好まれ、高級酒は香りが強く甘めのものが主流です。菊駒は、製造できる量が限られていることもあり、高級酒よりは定番酒のほうの路線をがんばろうという姿勢でやっています。味的には、10年とか15年時代を巻き戻したような感じ。うちの商品はもともと8割くらいが県内出荷で、現在は98%が県内出荷です。ほぼ全量が近郊で飲まれています。ですから、馬肉をはじめとする地元の食と合わせたときに引き立てあう味ですね。五戸では馬肉の食べ方は鍋が定番ですが、ニンニクやショウガの入った味噌味の鍋に負けない、いい意味で野暮ったいようなコクがちゃんとある酒、それが菊駒の特徴だと思います。

 日本酒というのは、50人が「おいしい」と言えば、50人は「おいしくない」と言うのが当たり前の世界です。私は、「おいしくない」と思った人に対して、おいしくはできなくても、少なくとも飲んで損はさせない、そんな酒を提供していきたいと思っています。地酒というのは土地ありき。こういう食文化の中だから、こういう味のお酒を造っているんです、ということを伝えられれば、少なくとも、飲んでみて損ではなかったという気持ちになっていただけるのではないかと思うのです。地元の食文化に、ある意味頼りながら、その中で何ができるか、どんな味がいいのかということをいつも考えています。

----創業105年の老舗の造り酒屋を7代目として継がれたわけですが、若くして社長になられたプレッシャーなどはありますか。

 プレッシャーというのは意外にないです。大学で醸造を学びましたので、同期や後輩でも社長になったり、杜氏を務めている人も多くいます。そうした環境にいましたので、学生の時から覚悟は決まっていましたし、彼らとのつながりが励みにもなっています。ただ、この年齢で社長になったので、先は長いなという感じはあります。プレッシャー以上に、そこに責任を感じています。

 私が東京から帰ってきた時点で、菊駒酒造は新しい環境の蔵で酒造りをしていました。もともとの蔵は県内でも設備が充実している方で、それを当たり前として使っていたのですが、現在はそこから30年ぐらい後退したような設備でやっているわけです。ですから、まずはその環境に慣れ、使いこなせるようになることから始めました。慣れない設備では従業員のモチベーションも上がりづらいですし、うまくいかないと言い訳にもなりやすい。幸い、当社では昔の手作業の多い時代の酒造りを知っている杜氏さんが、今も仕事をしてくれています。彼がいるので、現在の設備でも、菊駒の味を変えずにやれているわけで、たいへんありがたく思っています。

 よく、水がいいからいいお酒ができると言いますが、まず環境があって、それに人が対応し、自分たちの設備でできることを積み重ねてきた結果、全国各地にそれぞれ特徴をもった地酒が生まれてきたわけです。創業105年というのは、酒蔵としては決して古いほうではないですから、これからやれることを積み重ねて、もう一度新しく菊駒の文化を築いていくといいますか、ある意味、二度目の創業のような気持ちでやっています。

----酒造りの難しいところ、またや酒造りについてのお考えなどお聞かせください。

 仕込みの作業というのは、すべて温度に支配されて動いています。一つの工程でズレが生じたら、どこかの工程で帳尻を合わせなければならない。酒米も、登熟度の違いで、同じ量の水を同じ時間吸わせても酒母のできが変わりますので、これもどこかで調整しなければならない。正直、これは私にはできません。ベテランの杜氏さんの勘にかかっています。常に変化するものを相手にしているわけですから、こうしておけばいいという答えはありません。

 「酒造一念 銘柄萬年」。これは祖父が残した言葉ですが、祖母がそれを記した額をいつも見えるところに掲げています。私は、この言葉を「酒造りは、長く続けることが大切であり、また魅力である」というふうに受け止めています。長く続けるほど、いろいろなことが分かってくる。また、地場で古くからやっている企業としては、一所懸命、何らかの形で地元に喜んでいただける仕事を続けていれば、何か失敗したときにも助けてもらえる、銘柄を守っていける、という意味も持っているのかなと思います。「まずい」と言ってくれる人が50人いれば、それは、次への課題やチャンスをくれたと受け止めようと、そう考えています。

■農家との共栄に向けて

----地域貢献という意味では、社長自ら、観光ガイドのボランティアにも参加されています。

 街歩きツアーの団体で来られる人に対して、酒蔵を見学をしていただき、ご説明するガイドを務めています。単純に、知っている人から声をかけられたので始めたことで、自分が知っていることを教えて喜んでいただけるなら、それはやるべきだろうと。特に、日本酒というのは、ある程度の知識をもって飲めば、また違った楽しみ方ができますから、機会をいただければ、しゃべるようにしています。

 何軒か酒蔵を見たことがあるお客さんは、こんなに小さくて機械も少ない蔵で造っていることに驚かれます。大手と比べたら、最新工場と家内制手工業のような違いがありますから。ただ、その分、酒造りの工程をシンプルに理解しやすいということはあると思います。1本のタンクを搾り終わるまでに発酵が40日もかかるんだとか、酒造りの基本のところを伝えやすい。その点では喜んでいただいているようです。そうした蔵を見せられるのも、うちの特徴かなと思っています。

----今後の御社の事業展開、また地域に根ざした企業として、地元五戸の町の将来に対する提言などありましたらお聞かせください。

 先ほども申し上げたように、地元の食文化の中で酒造りをしているわけですが、そこだけで留まっていてはいけないな、と思っています。日本酒というのは、味のとらえどころがなくて、違いがよく分からないという人が多いと思います。定番酒を基本にしながら、いろいろな好みに対応できるめりはりのあるアイテムをそろえていきたいとも思っています。一般的に、日本酒は酸味がないほうがいいとされていますが、今はそれも個性になります。若い人がグラス一杯で満足するような華やかでさわやかなお酒、一方で、茶碗で飲むのが似合う、いつまでも飲み続けられるようなお酒、両方を造っていければと思います。

 また、他メーカーさんがあってこそ、うちのお酒の個性が出すことができます。よく「○○でなく菊駒を飲んでいます」と言っていただくことがありますが、そんなとき私は「両方飲んでください」と答えるようにしています。大きなメーカーさんがだめになれば、そこに米を供給している農家も仕事がなくなってしまいます。地域のみんながちゃんと暮らしていけるように、各社一緒に頑張っていきたいと思っています。

 五戸では今後も人口が減って、土地に対して人が少ないという状況は続いていくと思います。各農家さんが所有している耕地を自分で管理していくこと自体が困難になりつつあります。五戸はやはり農業が基本の町ですから、そこをなんとかしていかなければなりません。酒蔵の立場から言いますと、農家が減って酒米を確保できなくなる時代が現実に迫っています。現在、酒米生産の中心は津軽地方で、この辺では、酒米作りのノウハウもあまりない農家が多いのですが、地元の農家さんに耕地の何パーセントかでも酒米を作ってもらって安定的な収入源にしてもらう、それで酒蔵も安定的に酒米を確保できる、そうした関係をもっと広げていかなければならないのかなと思っています。農家、酒蔵、どちらのためにも、契約栽培のような仕組みを増やしていくことも考えてみたいと思っています。