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下北の風土に根ざしたここで作れる
最高のワインを作る

■挑戦としての商売
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北村 良久氏
有限会社サンマモルワイナリー
代表取締役社長
1965年、大阪市生まれ。大阪日日新聞社取締役、ニチニチ製薬株式会社代表取締役などを経て、98年より下北郡川内町(当時)でワイン用ブドウの栽培を始める。2002年、有限会社サンマモルワイナリー代表取締役就任。11年、農業生産法人 有限会社エムケイヴィンヤード代表取締役就任。シニアワインアドバイザー。ドイツワイン・上級ケナー。

----御社では、原料から全て下北産でワイン作りを行っています。この地でのワイン作りでは、どのような点に苦労されていますか。

 ワイン業界というのは非常に古くからあり、例えばボルドーのシャトー・マルゴーというワイナリーなど400年の歴史があるといわれています。長い長い時間をかけて産業として育ってきたわけです。それらの大きなワイナリーやお金持ちが、チリやアルゼンチン、アメリカ、南アフリカなどいわゆる「ニューワールド」に資本と技術者を送り、フランス以外の場所で良質なワインを作るようになりました。現地にサテライトを作って、雨、温度、湿度など綿密なデータを採取して、その地に自分たちのノウハウと資本を投下して新しいワインを作る。それがニューワールドのワインです。ワイン業界におけるグローバリゼーションが進んできたわけですが、下北は、そういう場所ではありません。世界のワイン作りから見れば、非常に例外的な地域です。ワイン作りの経験のない者が、ブドウ栽培には厳しい環境の中で作るというのは、なかなか業界の常識では考えられないことだと思います。挑戦としてやっている商売です。苦労を知らなかったからできたとも言えますが。

 ただ、ワインの世界では、ブドウの栽培地域について「微気象」という言葉が使われます。つまり畑のある狭い範囲の気象条件が、栽培に適しているかを見る。むつ市川内町の袰川地区の微気象は、下北半島の厳しい自然環境の中では、ブドウに適していると言えます。釜臥山、恐山の連山がヤマセから守ってくれる。もう一つ、陸奥湾に非常に近いことも影響しています。陸奥湾という浅い海が、夏は温度を蓄えてくれる、また陸との温度差によって風を吹かせてくれる。ヤマセとは違う風が畑を乾燥させ、病害虫の発生を防いでくれています。下北でブドウを作られている方に聞いても、釜臥山の東側では、ヤマセの影響で非常に苦労されているようですし、陸奥湾に面しているかいないかで、かなり環境が違うようです。

 苦労といいますと、栽培の技術的なことを話さないといけないようですが、やはり一番の苦労はお金です。山を開墾して1ヘクタールの畑を開くとなると1千万円以上かかります。1千万円かけてブドウ畑を作って、ブドウが収穫できるのは3年目とか4年目。それまでずっとお金が塩漬けになる。さらに、やっとブドウができたとなれば、今度はワイン工場を建てなければなりません。さらなる投資となるわけで、ワイン作りはこの長期投資に耐えなければできません。大手企業が手を出さない、小さな企業が手を出せないのは、ある意味、非効率的な事業だからです。

----そうした事業に敢えて挑戦されているわけですが、改めてワインの魅力や効能について教えてください。

 ワインは紀元前から作られている原始的なお酒です。もともとヨーロッパでなぜワイン作りが発展したかというと、ヨーロッパは水が悪い。すぐに腐って食中毒が発生します。ワインはアルコールと有機酸の働きで腐りにくい。ですから衛生的な飲み物、水分を補う飲み物としてとして普及してきたという面があります。また、宗教的な要素もあります。キリスト教の布教とともに広がり、製造している修道院の収入にもなった。それがやがて宮廷でも楽しまれるようになり、クオリティーが求められるようになった。また、ビンとコルクが発明され、導入されてさらに流通が広がっていくわけです。

 そうした中で、当初、機能性ということでは誰も注目していなくて、とにかくおいしい、食事に合うというので愛飲されていました。また赤や白、スパークリングなど多様な種類ができてきて、嗜好品として流通していたのですが、近年になって、高脂肪の食べ物を食べているヨーロッパの人の中でもフランス人が長生きするのはワインの効能だということが言われるようになりました。諸説ありますが、ポリフェノール、特にレスペラトロールが多いからアンチエイジング効果があるとブームになる。いずれにしてもリラックスするための嗜好品として、人生の楽しみのひとつとして楽しんでいただければと思いますね。

 ワインは、作られた年によって違います。その日の温度によっても味が違います。今日は濃いのが飲みたい、今日はサラッとしたのが飲みたい、今日はスパークリングにしよう。その日の気分で選ぶのが楽しいわけです。また空けてから1日目と2日目では味が変わります。合わせる食べ物によっても変わります。飲む相手によっても変わります。そういう意味で、人生を豊かにしてくれるアイテムの一つだと思います。また、ワインというのは日本人に向いているお酒だと思います。どうやってコルクを抜いたらいいのか、振っていいのか、温度は、グラスは何? そうしたマナーというか型がありますよね。華道や茶道に通じる作法、いわば「ワイン道」のようなものがあります。日本は世界有数のワイン輸入国ですが、背景にはそういうことがあるのではないでしょうか。

■地の利を活かしたビジネスを

-----2013年に発売された「デニー」が好評のようです。

 「デニー」はメルロという品種のブドウから作りますが、おそらく、ここはメルロ栽培の北限地だと思います。少なくとも商業ベースでやっている中では最北でしょう。最初に植栽してから、量産できるまで14年かかりました。それまでは収量を制限していかないと良質なブドウが採れなかったのです。ごく少数の実を大事に大事に育てて、少量のワインを作って売ってきましたが、14年を経て少しですが収量を上げることができた。それでも1本の木から2キロぐらい。山梨などの一般的なブドウ栽培農家と比べたらきわめて少ないです。デニーに限らず当社のワインは全てそうなのですが、世界的に見ても高級ワインを産み出すブドウ畑に匹敵するような収量制限をしています。

 ですから正直言って、うちの2千円台の商品は利益がないですね。売れたからといって今更値上げする気もないです。2千円でこの味が飲めるということが大事だと思っていますし、下北ワインというブランドの認知を得るための広告と位置づけています。世界中においしいワインはたくさんありますが、うちのワインは「この値段でこの味なの?」というギャップに価値があると思っています。喜ばれているところは守り続けて、その部分で利益が出なくても、会社としてビジネス全体の中で経営を維持していければいいと思っています。

 メルロというのは、比較的世界中で広く作られている品種で、砂地や粘土層でも育ちます。ただ、世界中のワインが同じ味だったらつまらないですよね。退屈です。この下北の地で育ったメルロで作るワインは、下北らしく、「寒いから少し酸が強いな」「でも酸が強いのが、海産物の宝庫である下北の食に合うね、醤油にも合うね」それでいいのではないかと思っています。うちがボルドーやブルゴーニュと同じ味になる必要はないし、作ることもできません。雨量や日照量、そういう条件が異なれば、同じ品種のブドウでも味は全く違ってきます。それがワインのおもしろさでもあります。

 いずれにしても、メルロはここで育てるのは非常に難しい。やはりここが北限だろうな、と思います。では、どんな品種ならいいのかということになりますが、正直なところ、まだ分かりません。まだ道半ばどころか、ワインビジネスの中では、一歩を踏み出した程度です。ただ、今はシャトー・マルゴーと400年の歴史の差がありますが、ワインの歴史はずっと続きますから、1万年後には、たった400年しか違わないということになるかもしれません。そんな長い時間が必要なビジネスと捉えています。私としては、とにかくここで作れる最高のワインを作る、そのための探求と型にとらわれない挑戦を続けていきたいと思います。ただ、私は趣味のためにこの地に来たわけではありません。ビジネスですから、この下北という地の利を活かせるビジネスチャンスがあれば、ワインに限らず、さまざまなビジネスに挑戦したいと思っています。その一つが農業です。東京の真ん中で農業はできません。耕作放棄地が多いことや、下北で伝統的に培われてきた農業のノウハウ、そうしたここにしかない条件を活かしたビジネスができないか。私はワイン作りも農業だと思っていますが、ワインと並行しながら常に考えています。