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「何にでもトライ」
 の精神でヒット商品を量産

■山ごもりで製法を確立
写真
角岸 秀伸氏
一般財団法人 新郷村ふるさと活性化公社
事務局長
1969年、新郷村生まれ。東京での大学生活の後、帰郷し県内の食品会社に勤務。95年より新郷村臨時職員となり、観光課に所属。99年より新郷村ふるさと活性化公社へ。技師としてアイスクリーム、ヨーグルト製品の開発に取り組む。現在、事務局長として村PRの司令塔を担う。

----公社設立の経緯と事業内容を教えてください。

 当公社は、間木ノ平グリーンパークを中心として、牧場、加工場、村物産協会の直売所など周辺にあった村の施設を統合する形で1999(平成11)年に発足しました。物産協会の直売所は93年に道の駅に登録されていましたが、これらの施設一帯を組み入れ、総面積68ヘクタールの巨大な道の駅となりました。ここでは、牛やヒツジ、ヤギ、ウサギとのふれあいや、牛の乳搾り体験、ポニーの乗馬体験などもできます。無料で牛の乳搾り体験ができる道の駅というのは全国でもここだけです。当公社は、道の駅を含む間木ノ平グリーンパークの管理・運営と、パーク内にある「ミルク&ハム工房」での乳製品、肉加工品の製造・販売などの事業を行っています。

----ヨーグルトの開発には苦労されたそうですね。

 私は、公社設立の一年程前から、同僚とともに商品開発を担当してきました。当時、村が力を入れていたのはアイスクリームで、ヨーグルトは空いた時間に片手間でやっている程度でした。ただ、当時はアイスがほとんど売れなかったこともあり、なんとかヨーグルトを完成させようと二人で本腰を入れて取り組みました。

 アイスクリームは、いろいろな素材を組み合わせるアイデアが形になってできあがりますので、成功しても失敗しても分かりやすい。ヨーグルトは、菌の発酵を制御できないので、どうなるかわからないという状態で非常に難しかったですね。同僚と二人、どうすれば味を安定させることができるのか、工場に泊まり込んで、毎日試験を繰り返しました。培養時間をいろいろ変えて試すのですが、それが終わるのが夜中になることもありますから泊まり込むしかなかったのです。うっかり機械を止めるのを忘れて、設定した培養時間よりちょっと長くなってしまったのに味のいいものができたり、培養器で実においしくできても、それをプラントで大量に作ってみるとうまくいかなかったり、本当に試行錯誤の連続でした。なかなか工程を体系化してマニュアル化することができない。山ごもりのような生活で、当時は村職員でしたから、課の忘年会などの日は、ひげを剃って山から下りて行って、終わったらまた山に戻るという生活。それが数カ月続きました。ただ、冬場など、ものすごく寒い無菌状態のような環境で、私たち二人で培養器と向き合って没頭するのは楽しかったですね。

----そして生まれた商品「飲むヨーグルト」は大ヒット商品となり、大きな賞も受賞しました。

 一年ほど試行錯誤を続けて、イメージ通りの味を安定して作れるようになりました。濃厚だけど、酸味でキレがある、圧倒的においしいヨーグルトです。96年に試験的に販売したのですが、あっという間に売り切れました。当時はまだラベルもなくて、ワープロで原材料だけ打ったシールを貼って出荷しましたが、村の人からも、東京からも「次の出荷はいつだ」と、予約販売みたいな形になって。一年たたないうちに増産のため工場の施設を拡大しました。

 『FOODEX JAPAN』の「ご当地ヨーグルトグランプリ」で金賞をいただいた「飲むヨーグルト・ザ・プレミアム」は、スタンダードタイプより原材料を減らすことに挑戦した製品です。果糖ぶどう糖液糖を使わず、生乳、ガラクトオリゴ糖、乳酸菌と、全て乳牛由来の原料だけで作っています。まあ、満足できる製品を作ることができて、それが評価されたのはやはりうれしかったですね。ただ、私たちは「ザ・プレミアム」もまだ完成品ではないと考えています。さらに究極のヨーグルトづくりに向けて今も試行錯誤を続けています。アイス作りには、いろいろなものを組み合わせて生まれるドッキングのおもしろさ、プラスの楽しみがあります。これに対してヨーグルトは、いかにマイナスしていくか。よりピュアなものにすることを目指しています。生乳と乳酸菌だけでできた究極のヨーグルト。それでイメージ通りの味のものを作れたら、そのときは本当に満足できるのではないでしょうか。

■とにかくやってみること

----公社の製品は、実にさまざまなアイデアにあふれています。発想はどうやって生まれてくるのでしょう。

 アイスクリームもまだ研究段階で、発表していないものがいろいろありますが、これまで商品となったものよりも、世に出せなかった失敗作のほうがはるかに多いです。ナガイモのアイスはナガイモを入れれば入れるほどまずくなるし、クルミのアイスはまず過ぎて笑ってしまった。この辺はナメコがたくさんとれますので、あのヌルヌルを生かしたシロップをというアイデアも大失敗。ただ、この村では、トライすることが許されているというか、タブーを恐れず挑戦することをよしとする土壌があります。須藤村長によく言われるのは、「とにかくやってみなさい」ということ。「やって何になる、そんなことやっても意味ない、というのが一番だめなんだ」というのです。村長自ら、「いいこと思いついたからちょっと来てくれ」と、行ってみると「シイタケコーヒー牛乳というのはどうだ」とか、こっちが返事に困るようなこともよくあります。

 村のみなさんも同じです。温泉に入っていても、ラーメンを食べていても、「こんなのはどうだ」と企画をもってきてくれるんですね。そういうアイデアを吸い上げて製品化にチャレンジしています。カメラマンがモデルを撮影するとき、何百枚も撮って、その中で偶然のように生まれたたった一枚が世に出ていく。それと同じだと思っています。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、といいますか。実際、ニンニクの入った「ドラキュラアイス」は小学校の児童たちの発想、「生キャラ煎餅」も村の人との会話がもとになって生まれました。いうなれば、村民こぞって開発者。それで、商品化にこぎつけて売れ行きがいいと、自分のことのように喜んでくれます。それに小さな村ですから、アイデアが採用される確率も高いですし。とにかく、トライして失敗することを嘲る人がいない。一見ばかげたことを大まじめにやる人の比率も高い。村のトップも住民も村全体がそういう雰囲気で、その意味で環境にはたいへん恵まれていると思います。それから原動力という点では、やはり「青森県酪農発祥の地」としての誇りと自負はもっています。さらに、原料を提供してくださる酪農家の生産技術の高さが私たちの自由な発想を支えてくれています。

----最後に、今後の抱負についてお話しください。

 今年、新郷村は村誕生60周年、うちのヨーグルトは20周年を迎えます。ずっと開発に携わってきて、ひとつ感じているのは販路のことです。製品が完成してから、ずっと「欲しいといってくれるところがあれば、とにかく出す」という姿勢でやってきました。その結果、国内では私たちも把握できないくらいいろいろなところに扱ってもらっていて、国外でも売られています。ただ、それを我慢して、ここでしか飲めない、新郷村に来なければ買えない、そういう売り方をしたらどうだったのだろうと考えることもあります。いい面も悪い面もあるでしょうし、せっかくできた自信ある商品を海外まで広げていきたいという思いももちろんあります。ただ、そういった戦略的な販売方法で商品の価値を高めていくことも必要なのかなとは感じています。究極のヨーグルトが完成したときには、そういう売り方も考えてみたいですね。