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挑戦と革新で
地元経済の柱「酪農」を牽引

■機械化と自給飼料で新しい酪農を
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大森 敏雄氏
有限会社 大森カウステーション
代表取締役
1949年、六ヶ所村生まれ。中学卒業後、家業の酪農に従事。2005年、大森カウステーションを立ち上げ経営を法人化。10年にフリーストール牛舎と搾乳ロボット、餌寄せロボットを導入。07年には、地域の仲間と株式会社ディリーサポート吹越(TMRセンター)を設立。14年、全国農業コンクール全国大会 毎日農業大賞受賞。現在、六ヶ所村農業委員会会長、吹越台地飼料生産利用組合理事を務める。

----御社は各種ロボットの導入により、県内最大規模の酪農経営をされています。このような経営に至るまでの経緯を教えてください。

 私が酪農に従事し始めた頃は、六ヶ所村の搾乳量は年間で約1000トン。それでも県内で一番多かったのですが、酪農家は年々減少しており、どんどん先細りしていくことが目に見えていました。このままではだめだと、酪農の「汚い、きつい、危険」といったイメージを変えたいと思いました。それで単なる規模拡大ではインパクトがない。「酪農は変わった」「今の酪農はすごいな」と思ってもらいたくて、どうせやるなら、思い切って世界の趨勢であるロボット搾乳を導入し、牛をつながないフリーストール牛舎にしようと考えました。ここでは、牛は、食べたいときに食べ、寝たいときに寝て、遊びたいときは遊び、乳が張ってきたら自分で搾乳機のところへ来て乳を出します。全て自由です。この搾乳ロボットは、自動で乳頭を洗浄した後に搾乳するもので、このほか牛舎には、飼槽の餌を牛が食べやすいように寄せる餌寄せロボット、牛が痒い所を当てると回転してブラッシングする自動カウブラシ、定期的に牛舎内の糞を片付ける自動除糞機が整備されていて、人手はほとんどかかりません。そのかわりロボットが24時間動いています。牛の健康状態や発情の状況もコンピューターで管理しているので楽ですし、牛にとっても、ストレスがかからないので健康で長生きする効果があります。

----いいことづくめで、皆さんそうすればいいと思えますが、やはり設備投資などが大変なのでしょうね。

 やはり初期投資は大きなものになります。当然、お金を借りてやるわけですが、当時、搾乳ロボットが対象となる補助事業はありませんでした。しかし、こちらはなんとしてもやりたい。許可がおりないといっても、こちらは「これ以外はやりません」ということで粘りました。結局、一年半ほどかかって、モデルケースとして補助金を出してもらえることになりました。そうしたら、この辺の他の牧場も手を挙げて、その後、搾乳ロボットに対する補助もできたようです。

■厳しくても先頭を歩く

----ロボット導入以前から、地域の酪農家の方とともに自給飼料生産にも取り組んでおられます。

 酪農で出る糞尿を畑に撒いて、デントコーンや牧草を作る。収穫した物をサイロで発酵させてサイレージ飼料にする。こうした循環型酪農の一環として行っています。ただお金を出して飼料を買うのではなく、耕作放棄地などを借りて、自分たちで自分たちが使う飼料を作るわけです。これは一人ではできませんので、15人の仲間と「ディリーサポート吹越」という会社を作り、共同で行っています。ディリーサポートとは、毎日毎日飼料を運んでくるということ。配合飼料の価格が高騰していますので、経営規模拡大のためには飼料の自給は欠かせません。最近は、稲作生産法人との耕畜連携により、稲WCS(稲発酵粗飼料)や稲SGS(稲ソフトグレインサイレージ=飼料用のモミ米を乾燥させずに密封保存してサイレージ化したもの)など、地域の飼料資源を活用してコスト低減を図っています。耕畜連携はいいことですが、それで酪農の糞尿処理の問題が全て解決するわけではありません。あくまでも酪農家自身で処理するべきなのです。それがディリーサポートの基本的な創設理念となっています。

 六ヶ所村には、耕作放棄地が300町歩から500町歩あるといいます。これを牧草畑にして、粗飼料を作り、もっともっと牛を増やしていこうと、村にも働きかけています。私は常々、酪農が駄目になったら、この地域に活性化はない、と言っています。牛乳が無くなれば、運送業者も困ります。飼料会社も駄目になります。実際、この10年で酪農家は30戸ほど減少しました。1戸当たりの搾乳量は平均して1日1トンです。30戸減れば一日30トン減っている。30トン減れば、10トンのタンクローリーが3台要らなくなる。飼料を配達する車も3台要らなくなる。そうすると6人のドライバーが仕事を失います。ガソリンスタンドにも行かなくなる。どんどん経済が縮小してしまう。反対に酪農の規模が拡大すれば、それぞれの仕事が増え、人手が足りなくなれば新たな雇用も生まれます。経済活動の中で、出会いがあり、もしかしたら結婚する人も出てくるかもしれない。そうして新たにこの地に定着する人も出てくるかもしれない。わかりませんが、可能性はゼロではないわけです。でも、何もやらなければゼロです。国がいくら音頭をとっても、地元ががんばらなければ、集落が消滅してしまうかもしれない。地域の経済の中心にある酪農家が集約化、大規模化していくことが必要だと考えています。

 一方で、家族経営でこじんまりやっているほうがいいという考え方もあるでしょう。私もどちらがいいのかわかりません。ただし、家族経営だと、いつでもやめられるという考えに陥りやすいのではないかと思います。自分の代まででいいとか。規模が大きくなれば、どう運転していくか、回転させていくかと、いわゆる会社経営の考え方になっていきます。もし経営がだめになっても、設備があり、働く酪農家は残るわけですから、新しい経営者が来て建て直せば会社は残ります。地域にとって魅力あるものを作っておけば、これはつぶせない、なくすわけにいかないと、行政も支援するでしょう。経営者は変わってもいい、そうして常に進化し続けながら、会社つまり酪農という産業を残すことが大事なのです。

----個人の経営のみならず、地域発展のためのご尽力が認められ、全国的な農業コンクールで大賞を受賞されました。

 酪農は仲間がいなくてはできません。自分だけ残ってもだめなのです。1日の平均搾乳量は1戸当たり約1トンと言いましたが、そうすると年間では約365トンになります。これは平均で、多いところは年間1000トン搾りますが、青森県内で1000トンやっている農家は5軒しかありません。その中で、うちは2000トン以上搾っています。これはもう満足できる量で、もう65歳ですし、これだけをやっていれば誰にも迷惑もかけない。個人としては、これ以上は望みません。今は地域のためにみんなを引っ張っていかなければならないと思っています。

 昨年、バターが不足する騒ぎがありました。この要因はいろいろありますが、端的に言えば、一番の理由は酪農家が減っているからです。牛乳が減っているから、加工品のバターが減ったわけです。これは世界的な傾向で、昨年は緊急輸入などにより原料を補いましたが、もう世界中、どこの国も酪農家が減っていて、いずれ輸出に回す余力はどこもなくなります。その時のために日本の酪農が体力をつけて、全体として強化していかなければならない。「今だけ、金だけ、自分だけ」という考えでは、いずれ酪農は立ち行かなくなります。

 この辺りは、冬は猛吹雪になりますが、たとえば吹雪の中、列を作って歩いているとします。みんな必死に前だけを見て歩いている。そんな時、先頭の人が倒れたらどうなるでしょう。後から来る人が助け起こしてくれます。ただ、最後尾の人が倒れても、みんな前に進むのに必死ですから、誰にも気づかれないかも知れない。だから、つらくても先頭を歩こうと言うのです。誰かが作った道をたどっているだけではいけない。ただし先頭を歩くのは本当にきつい。だからみんなで一緒に行こうと言っているのです。

 集約化、規模拡大はいい考えだとみんな賛同はしてくれますが、いざ、実現するとなるとなかなか難しいです。新しいことに挑戦するには勇気がいります。ただ挑戦しなければ、失敗はありませんが、成功することもありません。簡単には進みませんが、私はこれが酪農家の生き残る道、地域が生き残る道だと信じています。挑戦しないものに成功はない。これを合言葉に、これからも地域を引っ張っていきたいと思います。