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「菜の花の町」の応援団
 横浜町のファンを県内外に

■イベントと物産で「菜の花の町」をPR
写真
杉山 徹氏
横浜町観光協会
会長
 1951年、横浜町生まれ。大湊高校卒業後、東京で3年の会社勤務の後、横浜町に戻り家業の電器店を継ぐ。89年、有限会社すぎやまを創立、代表取締役に就任。「トラベルプラザサンシャイン」やコンビニエンスストアの経営の他、七戸十和田駅内のショップも運営。「青森・下北ふるさとの会」代表として町特産品を活用した商品開発を手掛ける。2003年、横浜町観光協会会長に就任。

----菜の花をテーマとするまちづくりの観光への効果や、その中での観光協会の活動内容についてお聞かせください。

 当観光協会は、菜の花関連イベントを中心に、町の行事と観光の振興を目的に活動しています。「菜の花フェスティバル」は実行委員会組織で主催していますが、観光協会としては、「菜の花幸せフォトメモリー」と題して、大迷路の奥にある「ハッピーコールベル」前でのカップルの記念撮影や「菜の花恋占い」の販売などを担当しています。

 私は、本業で、売店とレストランからなる「トラベルプラザサンシャイン」を経営しており、観光バスで訪れた旅行客の休憩も受け入れていますが、横浜町の菜の花は全国的にもある程度知られてきて、春の見ごろには旅行商品のルートに組み込まれるようになりました。去年あたりからテレビ取材も増えていて、それが追い風になっているのか、今年の予約状況は好調です。当社だけでなく、菜の花の時期は、町で商売をされている方がフェスティバル会場付近に売店を出しています。桜と違って見ごろの期間が長いので、これは町にとって大きな経済効果となっていると思います。

 残念ながら、面積日本一は滝川市に譲りましたが、横浜の菜の花は菜種をとるための作物として植えていますので、土の作り方から違います。背丈も相当高いですし、イベントの中身でも負けていないと自負しています。また「菜の花フェスティバル」の会場となる大豆田地区には、風力発電施設がありますが、これが景観として意外にじゃまにならない。観光客も、風車を入れ込んで写真を撮っています。農村の原風景のような菜の花畑と、安心な自然エネルギーの象徴である風車は、マッチするのかもしれません。横浜町独自の景観として定着してきたのかなと思います。

----レストラン、売店などを構えた店の経営者のお立場から、菜の花関連商品の売れ筋や、今後の商品開発についての考えをお聞かせください。

 「菜の花フェスティバル」が始まったのは平成3年ですが、私はずっと「観光と物産は二人三脚である」という考え方でやってきました。「日本一の菜の花」を核としてまちづくりを進めるのであれば、花の時期以外の展開を考えなければいけません。咲いていない時に「菜の花の町」をPRしていくのは土産品、物産です。「青森・下北ふるさとの会」では第一回のフェスティバルから、24年間必ず毎年1品以上、菜の花関連の新商品を発売してきました。現在も販売しているものだけで50種以上はあります。一番初めに作ったのが「菜の花ラーメン」ですが、これは評判がよく、うちのレストランでは通年でお出ししています。一番人気は、菜の花はちみつの入った「菜の花ソフト」でしょうか。ロングセラーとなっているのは、「菜の花せんべい」です。南部せんべいのゴマの代わりに菜種をまぶして、菜種油で揚げたものです。焼いた後に揚げていますので、ふつうの南部せんべいよりサクサクして、ほのかに菜種の香りがして、おやつとしてもお酒のつまみにも合います。

 「青森・下北ふるさとの会」の他にも、道の駅の「菜の花プラザ」ができてからは、農協や漁協の婦人部のみなさんをはじめ、町内に多くの加工グループができて、それぞれ工夫を凝らした商品を開発しています。これらの商品は「菜の花プラザ」で販売していますが、「菜の花の町」のPRに役立っているだけでなく、町の活力という点でも非常にいいことだと感じています。町の人がやりがいをもって活発に活動している、まさに活性化しているわけですから、これは菜の花のまちづくりがもたらした効果だと思います。

----横浜町では、ブランドとなった「横浜なまこ」の他、ホタテやナガイモ、ジャガイモなど、一次産業が盛んです。これらの活性化や観光振興の連携についてどのようにお考えですか。

 町には菜の花の他にも特産品が多くあります。海産物の代表は養殖ホタテとナマコです。横浜のナマコは、海底の状態によるのだと思いますが、陸奥湾産の中でもやわらかいのが特長です。大型のものは中国向けの加工用に出荷され、中・小型のものが生食用として地元の市場に出回ります。当社では27年前からナマコの産直販売を行っていますが、取扱量は年々増えています。ただ、購入者の年齢層はやはり高いですね。若い人たちの間では、正月の縁起物として食べるという習慣も薄れつつあるようです。中国に高値で買われているうちはいいですが、いずれ輸出用の出荷が落ち込んだ時のためにも、若い人たちにこの食文化を伝えていくべきだと私は思います。地産地消という意味でも、例えば食育として学校給食に取り入れることも考えてほしいですね。

 観光協会としては、12月の「横浜なまこフェア」の運営に参加するなど、ナマコのPRに努め、現在、漁協に協力して「横浜なまこ」の地域団体登録を目指しています。「横浜なまこフェア」では「なまこ丼」という期間限定のオリジナルメニューを開発しました。ご飯の上に町特産のナガイモを敷いて、横浜なまこをのせたもので、菜の花プラザのレストラン「鮮菜」と、サンシャインのレストランで提供しています。ナマコ好きの人には好評でリピーターも増えてきましたね。

 本業で店に立っていて感じるのは、どこにでもあるもの、バッケージだけを付け替えた、いわゆる「レールもの」が売れる時代は終わりました。やはり、そこにしかないオリジナルが求められています。菜の花、ナマコという大きな観光資源が育ったわけですから、今後もこれを生かしたオリジナル商品を作っていくことが大切だと思います。また、現在売れているものを見ても、手に提げて持って帰っていただくものよりも、その場でおなかに収まるファーストフードのようなものが喜ばれる傾向があるようです。うちでは、町内産のジャガイモを使ったコロッケを出していますし、菜の花プラザでは、ホタテバーガーを出しています。菜の花やナマコを目的に来た人にその他の特産品のおいしさも知っていただく。これは、観光関係だけでなく、生産者の所得向上にもつながるわけですから、こうした活動も続けていきたいと考えています。

■町内外に町の応援団を

----その他、今後の観光振興や協会の活動についての展望などお聞かせください。

 人口が減り、高齢化が進んでいる状況の中では、やはり、より多くの人に訪れていただき、交流人口を増やしていくことが、町の元気につながると思います。町には多くの特産品がありますから、やろうと思えば四季ごとに特産品をテーマとしたイベントを展開することもできると思います。冬はナマコ、春は菜の花、その後はホタテが旬を迎えます。これに加えて、例えば菜の花の後作としてソバを作れば、秋は新ソバを提供できますし、花の時期、一面黄色の世界から白の世界へ、というのもおもしろいのではないでしょうか。

 いずれにしても、菜の花をきっかけとして訪れる人は増えているわけですから、四季を通して来ていただけるように、何らかの仕掛けを打っていくことは必要だと思います。そして、横浜町のファン、応援してくれる人を町の外にたくさんつくっていく。応援隊のような組織が、各地にできればいいと思いますね。現在、菜の花の時期を中心に、「菜の花サポーター」という組織が活動していて、町外の方も多く参加してくれています。これはまさに横浜町のファンの人たちです。弘前大学の学生さんが参加してくれたのをきっかけに、こちらから弘前に出かけていって、文化祭で特産品を販売するなどの交流も行っています。こうした交流を、青森でも八戸でも行って、どんどん横浜町のファンを増やしていきたいですね。また最近は、全国各地のウォーキングクラブの人が多く訪れるようになりました。菜の花畑の中を歩くのが好評で、花の時期にいらっしゃるのですが、菜の花畑だけでなく、町には海も史跡もありますから、海岸や町の名所を巡ってもらうようなコースを設定できれば、こうした目的で来町する方も増えてくるのではないでしょうか。

 多くの人が訪れてみたいと思う町。町外、県外にも多くのファンがいる町。そうした町への誇りを育てて、何より子どもたちを元気にしていきたいと思います。

※TooLifeの記事中、横浜町の菜の花の作付面積を全国2位としていますが、近年のデータでは、全国1位に返り咲いています。