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地元の人が楽しく暮らす街が
観光客を惹きつける

■伝統を守り、黒石の魅力を伝える
写真
船水 正嗣氏
津軽こみせ株式会社
代表取締役
1952年、黒石市生まれ。東京都内の大学を卒業後、食品卸会社に勤務。78年に帰郷し家業の豆腐店を継ぐ。91年、リンクフーズ株式会社設立、代表取締役社長。2007年、黒石商工会議所副会頭。同年、同職を辞し津軽こみせ株式会社代表取締役に就任。南黒食品衛生協会会長。

----会社発足の経緯と御社の業務内容について教えてください。

 1989年に、この場所にあった旧家が土地建物を手放すことになり、跡地にマンションを建設する話が浮上しました。このとき、地元の有志が資金を出し合って土地・建物を買い取り、景観の保存に乗り出しました。その後、商工会議所青年部の有志が会社を設立し、旧家の建物を利用しながら観光案内所、土産品販売などを行っていましたが、2000年に商工会議所でTMO(Town Management Organization=中心市街地における商業まちづくりを運営・管理する機関)構想が策定され、同年、黒石市、個人事業主など120人の株主によりTMO「津軽こみせ株式会社」が設立されました。現在、この会社は、指定管理者として、津軽黒石こみせ駅を運営し、物販、飲食の提供と、地元の芸能や工芸を保存・伝承していくことを目的に、津軽三味線の演奏や、津軽塗の体験教室などを実施しています。

 私は、このTMOの代表としては3代目で、発足当時は関わっていません。ただ、個人的には、生家がこのすぐ裏手で子どもの頃からこの辺が遊び場でしたので、こみせがこのまま残ってくれればいいな、とは思っていましたし、中心商店街からこれだけ近い場所にこうした歴史資産が残っているのは県内でも珍しいですから、こみせが黒石市の活性化の糸口になるのではないか、とは感じていました。

----社長になられてから取り組まれたこと、特に力を入れたのは、どのような点でしょうか。

 就任時はとにかく単独で黒字を出すことを目標として、人件費などコストの削減とともに、新商品の開発に取り組みました。ありがたかったのは黒石つゆやきそばのブームで、これが大盛況でしたので、持ち帰りのセットを作り販売しました。また、一軒の農家の田んぼからとれた米だけを袋に詰めた「農家単一水田米」を売り出したところ好評でしたので、単一水田米の米粉を作りドーナツにするなど、手応えのある商品があれば、そのバリエーションを展開していく形で商品開発を行ってきました。このほか、地元の横山醸造さんの味噌を使った饅頭や、中村亀吉酒造店さん、鳴海醸造店さんという両老舗造り酒屋の酒粕を使った飴など、地元に根付いた商品、農家を含めた地元企業の収益にもつながるものを、という考え方で商品をプロデュースしています。

 こうした取り組みの結果、2年目には赤字額が半減し、その後順調に推移して、2010年度には黒字となったのですが、そこで東日本大震災が起きて売り上げが落ち込み、そこからまだ回復しきれていないというのが現状です。

 震災の影響をまともに受けて感じたのは、やはり観光客頼みではだめだということです。もっと地元に使ってもらえる店にならなければ、売り上げは安定しません。そのための事業として、買い物代行・宅配サービスに力を入れ、また併設する「音蔵こみせん」でのライブイベントを積極的に展開しました。「音蔵こみせん」は米蔵を改修した多目的ホールで、2003年に整備されたものですが、もっと地元の人が楽しめる場にしていこうと、自社企画を増やし、また地元主催のイベントや祭りに利用してもらっています。まずは地元の人が楽しめる場として定着させ、それを積み重ねて、いつでも何か楽しいことをやっているというイメージができれば、観光客にも「同じ体験をしたい」と思ってもらえるのではないでしょうか。また、実際にライブの売り上げは事業全体の中で多くを占めています。こみせ駅や「こみせん」で開催するイベントは、「津軽こみせ瓦版」という案内を毎月作成して告知していますが、個人的には365日何かやっていたいと思っています。

■街歩き楽しめる、なんだかほっとする街

----黒石の活性化に向けて、今後どのような役割を果たしていきたいとお考えですか。

 私の本業は食品卸と加工ですが、米、リンゴ以外の作物に取り組む若い生産者と契約するなど、地元産の野菜、規格外のものも利用することで農家の収入を増やし、黒石の活性化に貢献したいと思っています。また最近は、温泉という黒石の資源と食品加工を結びつけることにも取り組んでいます。うちはもともと豆腐屋ですが、仕込みに温泉水を使ってみたら、これがおいしい。黒石温泉郷の中でも、落合温泉の温泉水は食品加工に使用できるのですが、同じ量の大豆でも、温泉水に浸した大豆を使うと、豆乳の濃度が1%ぐらい高くなります。科学的なことはよくわかりませんが、漬け物も、普通の地下水を使ったものより、甘く感じます。津軽伝承工芸館の「温泉ヘルシーランチ」でも、温泉漬け物は好評のようです。現在、津軽こみせ駅では、「自然食ヘルシーランチ」として、添加物をなるべく減らし、油を少なく、無添加味噌・ミネラルの多い自然塩使用。動物性の肉を使わない料理を提供していますが、地元の野菜と温泉水を利用したメニューを作ってみたいですね。評判になれば、農家の収入にもなりますし、落合温泉にとってもいいわけですから。

 私にできるのは、そういう役割なのかなと思っています。黒石にはいっぱいいいものがありますが、全てを一つのテーブルにのせて、整備の優先順位をつけようとすると、どこからやっていいのか分からなくなる。まずはそれぞれの人が自分たちのもっている資源を磨いて、単独で力がついてきたらどこかの時点でリンクさせる、それが一番いいのではないかと思っています。津軽こみせ駅も自分たちのできることをやり、持っている資源を磨いている段階です。それが地元のものを使った商品開発であり、音楽なのです。こみせんでのライブは、続けているうちに若い人たちが使ってくれるようになり、今では、ここを青森県のアマチュアミュージシャンの中心地にしようと盛り上がっています。これはとてもうれしいですね。彼らは彼らなりにここを活用してくれればいいですし、私は、学生時代から音楽をやってきましたので、自分の世代の人も親しめる音楽をやったり、つてのあるミュージシャンを招いたりしているわけです。

 生産活動をする人生と、それ以外の人生があります。ふつうはそのどちらかを選ばなければならないのですが、私は、この黒石では、両方をやれるかもしれないと思っているのです。私自身、毎日4時に起きて、仕事をして、午後の4時頃頃からは、バンドの練習をしたり、酒を飲んだりして過ごす。それで7時には帰って、また次の日は4時に起きる。そんな生活をしています。一度、「こみせん」で練習をしていたら、京都から来たという若い女性のグループがのぞいていきました。どうぞ見ていってくださいと招き入れたら、本当に楽しそうに見学していかれました。地元の人が、なんだか楽しそうに暮らしているということ自体が、観光客にとって大きな魅力になるのだと思います。

----黒石市は、回遊型観光の振興に力を入れています。街歩きの魅力や、課題などについてお考えをお聞かせください。

 こみせは、通りから見るのではなく、中に入って通りを見なければ本当のよさは分かりません。ですから車でなく、歩いてみてほしいですね。

 そして黒石の街には、人を癒す力があります。一度、会社をリストラされたという大阪の方が旅行に来られたのですが、後に無事に再就職されてから「ここで癒された、パワーをもらった」と再び私を訪ねて来てくれたことがありました。津軽こみせ駅の2階では、秋田雨雀の資料を展示していますが、先日、雨雀さんのお墓がある東京の雑司が谷に行ってきました。なんとなく、黒石の街と似ていると思いました。なんだかわからないけど、歩いているだけでほっとする、黒石もそんな街だと思います。そして、この景観の中で、この伝統的な建築の中で、何かをやってみたいという気にさせる街だと思います。「クラシックカー青森inこみせ」もそうですし、今、「こみせん」で演奏したいと、市外から来てくれる若い人も増えています。これは、素通りではわからない魅力です。地元の人とふれあい、ここでの暮らしの中に入ってみて、初めて何かを感じてもらえるのではないかと思います。そのためには、ここでの暮らしの魅力を伝える人がいなければなりません。会話が大切なのです。うちへいらっしゃるお客様からも、「屯所を見てきた」「高橋家の庭園は素晴らしい」という声をいただきますが、地元の人と話すことで、その旅は強く印象づけられるし、この街がもっている癒しの力をより強くするのではないでしょうか。

 黒石には、こみせ通りのほかにも、金平成園、御幸公園、黒石神社など見どころが数多くあります。弘前から来て宇和堰のある坂道から見る岩木山も素晴らしい。これらのポイントを結ぶ街歩きコースのところどころに、ふと入ってみたくなる店、ちょっとコーヒーを飲める店があればもっといいと思います。今、こみせ通りで物販をしているのはうちだけです。黒石らしいお土産など、買い物したくなる店がぽつぽつあれば、黒石の街歩きはもっと楽しく魅力的になると思います。その点で、現在進められている「松の湯」の再生には期待しています。