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新幹線効果を持続するため
七戸の物産 東京でPR

■駅前の賑わいを中心商店街へも
写真
宮澤 公生氏
株式会社七戸物産協会
代表取締役
1945年、七戸町生まれ。65年、日本菓子専門学校卒業。神奈川県での洋菓子、盛岡市での和菓子修業を経て、68年、株式会社「御菓子のみやきん」入社。翌69年より同社代表取締役。2005年1月、七戸物産協会会長に就任。七戸町商工会副会長、七戸商店会協同組合理事長も務める。

----2010年12月の七戸十和田駅開業から丸3年が経過しましたが、駅周辺や七戸町全体にどのような変化がありましたか。また、七戸町として地元PRは十分ですか。

 七戸物産協会は、道の駅「しちのへ」と、七戸十和田駅に隣接する「七戸町観光交流センター」の待合室も運営しており、新しい駅前を一体的に管理しています。道の駅内の「しちのへ産直七彩館(しちさいかん)」は、東北新幹線全線開業に先立ち、2010年4月にオープンしました。売り場が拡大し、また町と商工会、物産協会が一体でPRを展開したこともあり、売り上げは順調に増加し、震災までの3カ月間は大盛況でした。ただ、道の駅に来る人の90%以上は車ですから、震災後のガソリン不足の時期は厳しかったですね。パッタリと客足が遠のいて、回復したのは10月ぐらいになってからだったと思います。

 今年は、過去最高だった昨年並の売り上げとなっており、おかげさまで、物産、産直の売り上げでは、県内の道の駅でトップクラスだと思います。ただ、まだ震災の後遺症から完全には立ち直ってはいないというのが実感です。

 現在の大きな課題は、駅前の賑わいをいかに既存商店街にまでつなげるかということです。駅と七戸の中心商店街は距離にして3キロほど離れていますが、この点と点をどのように結びつけていくか。駅にはレンタサイクルもありますが、冬はストップしてしまいます。

 こうした状況の中、今、商工会の若手が、中心商店街で「ピザカーニバル」や「町なかアートフェスタ」などさまざまな企画を展開しています。七戸は、他の市町村に比べてもこうしたイベントが非常に多いと思いますが、これにより町全体に活気が出てきたと感じています。かつての七戸の商人は、「売ってやる」という上からの姿勢だったのに対して、3代目、4代目の代となり、ようやくお客様目線での商売という意識が根付いてきたのではないでしょうか。こうした意識改革も新幹線効果のひとつだと思っています。若い世代の活動を活かして、駅前と中心商店街をつなぎ、共存共栄を図っていきたいですね。

 また、基本的に七戸十和田駅の乗降者はビジネス利用が大半を占めています。私たちがターゲットとするのは観光客ですが、駅からレンタカーを利用してすぐに目的地に向かってしまう人も多い。この人たちをどうやって道の駅に誘導するかということももう一つの課題となっています。

 道の駅は、敷地の制約がありこれ以上売り場を拡張することはできません。そこで、これはまだ私の構想段階ですが、現在の販売力があるうちに、七戸の物産を売る店を東京に進出させたいと考えています。今年、在京の七戸出身者らの組織「東京七戸会」が発足したのですが、その人たちのつてで、8月、商工会が麻布十番納涼まつりに参加しました。とにかくものすごい人出で、100円、200円の簡単なものが飛ぶように売れていたそうです。そういうところで、ぜひ七戸の新鮮な野菜を販売してみたい。夕方に発送すれば次の朝には店に並べられます。そこでは大きな利益を出す必要はないのです。七戸町の特産品の魅力を知っていただき、ぜひ町に来ていただく。新幹線で来れば、駅の目の前に七彩館はありますよと、出店自体が町や道の駅の大きなPRとなると考えています。新幹線開業から3年を経て、ブームも落ち着きましたので、何か次の目標をもちたいのです。それが会社としても、会員の農家の皆さんにも励みになります。やはり何か目標があれば頑張れるものです。

 実現に向けては、クリアしなければならない課題がいろいろありますが、近隣の道の駅にも声をかけて一緒に行きたいですね。上北の水産物、シジミ、シラウオ、それから天然ウナギ、こうした水産関係をぜひ出品してもらいたい。お互い自分たちの強みを出して、弱いところを補完し合い、地域全体としての魅力を発信していく。3年後を目標にぜひ実現したいですね。

■土地の歴史に根ざした物語性のある商品を

----青森県の自然、文化、食を求めて訪れる観光客にとって、地元で買い求める土産品も大切な観光の要素です。品揃えで留意していることや、七彩館の会員農家さんに指導していることはありますか。

 土産品というのは、農産物にしても、その他の物産にしても、やはりその土地に根ざした由来、その場所ならではのストーリー性をもつものが喜ばれます。ただ、東京からいらっしゃるお客様にとっては、七戸も十和田も野辺地も、もっと言えば、青森も岩手も秋田も、線引きがありません。この辺のものは何でもあると思っています。七戸でホタテが買えると思っている人もいます。ですから、どこまでを地元のものと考えるかは難しいところですが、少なくともここでは、東京で製造されたいわゆる「レールもの」は売りたくないですね。七戸には、古い良いものがたくさんあります。例えば、すごろく飴。澤山製菓さんと、その一番弟子の飴のたかみやさんは七戸の宝だと思います。こうした本物を売っていきたいと心がけています。そのため、うちでは新しい商品を仕入れるときは、販売会議を開いて、お客さんに納得してもらえるものかどうか必ず検討するようにしています。

 野菜については、一時は、土日など売れ行きがよすぎて、時間によっては商品が不足していると指摘されましたが、今は、棚の状況を見て、携帯電話で農家に連絡して随時補充してもらうようにしています。こま目に対応している会員農家は、大きな売り上げを上げていますよ。価格設定は各会員が自分で行うのですが、たとえば3個で100円のものに、200円の値段をつけたとします。そうすると不思議なものでそれが売れるのです。お客さんは、高いものはいいものだと思い込むんですね、同じものなのに。これは後で必ずバレます。そうなったら二度と買ってもらえなくなりますので、その点はきつく指導しています。時間があれば、大手スーパーの産直コーナーでも、他の道の駅でも行って、相場を見てくることも勧めています。

 七彩館では、生産者ごとにコーナーをつくるのではなく、ニンニクはニンニク、トマトはトマト、キュウリはキュウリというふうに、品物ごとに山盛りにして販売しています。東京の人は、こんなにたくさんの野菜を目にしたことはないでしょうから、この陳列の仕方も購買意欲をそそっているのではないでしょうか。またうちの場合は、目の前にある県営農大学校が新鮮な野菜をどんどん入れてくれます。彼らは儲けが目的ではありませんので、もちろん農家の方を阻害しない範囲で低価格で入れてくれるのです。これも七戸ならではの強みであり、町の歴史に根付いた商品といえると思います。

----みやきんさんも、「駒饅頭」をはじめとして、地域の歴史に根付いたもの、また地域の特産品を取り入れた商品を多く作っています。

 七戸は、ナガイモ、リンゴをはじめとして、お菓子の原料の宝庫といえます。カシスは自社の農園で育てたものを使用しています。また以前は、ニンニクをお菓子に、という発想はなかったのですが、黒ニンニクができてから、においの問題がクリアされて、これも使えるようになりました。今、七戸町では、ニンニクや天間林のヒナコウモリが繁殖している神社にちなんで「ドラキュラでまちおこし」というに取り組みを進めています。うちでは、息子が「ドラキュラのたまご」という洋菓子を考えまして、また、私のほうは、黒ニンニクをチョコレートでコーティングしてお餅でくるんだ和菓子を考えました。これも地元ならではのストーリー性のある商品といえると思います。それほど売れる商品にはならないでしょうが、少しでもニンニクの生産者の方の足しになれば、と思っています。

 うちの商売も、昔は、まんじゅうだけつくっていればやっていけたという時代もありました。七戸の町も「旧正まける市」の日など銀座のような賑わいでしたが、今はそういう時代ではありません。やはり、外に出て行って勝負しなければならないと思います。商売には必ず波がありますから、七彩館もいずれ売り上げが落ちることがあると思います。そういう意味でも、元気がある今のうちに、次の目標である東京出店を実現したいですね。