19
ニーズの予測と規模の適正化
ビジョンある経営が生き残りのカギ

■適正規模の経営に向けた合併
写真
佐々木 孝昌氏
五所川原交通株式会社
代表取締役社長
1954年、五所川原市生まれ。日本大学法学部卒業。津鉄観光時代は社長。2007年、津鉄観光と相互タクシーが合併して誕生した五所川原交通の代表取締役社長に就任。

----五所川原市内で50年の歴史を持つ2つのタクシー会社が合併して6年が経過しました。合併の経緯や、合併後のお客さまの反応などお聞かせください。

 合併前の「津鉄観光」と「相互タクシー」は、どちらもだいたい保有車両が20数台。市内にはもう1社同規模のタクシー会社があり、私は早くから、この地域の中で3社が競合しながら共存していくのは無理だと考えていました。特に近年は、運転代行業の大幅な増加の影響もあり、タクシーの売り上げの大半を占める夜間の売り上げが激減し、厳しい状況が続いています。

 タクシー会社は、お客さんが減ると稼働率を下げることで対応します。例えば24台だったものを17、8台に下げるわけです。当時、3社ともそうした状況でした。ただ、本来タクシー会社というのは、営業上、365日、24時間稼働することが基本中の基本です。稼働率を下げすぎると、当直を置けないなど乗務員の勤務交番が組めなくなり、この24時間体制がとれなくなってしまいます。ですから、ただ営業規模を小さくするのではなく、需要に合わせてフル稼働できるギリギリの規模にして、生産性を上げることがベストなわけです。私は常々、そうした適正な経営に移行していくためには、合併が必要だと考えていました。

 ちょうど相互タクシーも2代目への代替わりの時期にさしかかっていましたので、「あなたが会社を仕切れるようになったら、いっしょにやりませんか」ということをこちらからお話しました。両社とも50年の実績がありますので、まだ余力はありましたが、これ以上厳しい状況が続くといつかは持ちこたえられなくなるという思いは、お互い共有していました。平成19年になり、相互タクシーで新社長が就任することになったのを機に話し合いを本格化し、同年中に合併が実現しました。新しい「五所川原交通」という会社を設立し、2社が営業権を譲渡するという形をとっています。

 新会社では、ドライバーと、運行業務の事務スタッフを含めて、適正な規模に調整するまで4、5年かかりました。この間、従業員同士はさまざま苦労もあったと思いますが、お客様のほうにもとまどいがあったようです。旧2社それぞれのお得意様がありましたので、しばらくは、「津鉄観光のドライバーを寄こしてくれ」とかその反対の注文もあり、それに対応できないためにお客様が離れていくということも起こりました。ただ、それもある程度想定していたことで、それ以上のシナジー効果があるという判断で合併に踏み切ったわけです。

■従来の業務に付加価値を付ける

----御社では乗務員の大半がヘルパー資格を取得されているそうですが、地域医療におけるタクシーの役割についての考えをお聞かせください。

 五所川原地域に限らず、今後、地方では、独居老人世帯が間違いなく増えていきます。その全ての人が、要介護の認定を受け、介護タクシーや介護施設の送迎車を使えるわけではありません。要介護認定を受けていない人でも、週1回なり2回なり病院に行かなければならない人はいるわけです。そういった方々が、安心して暮らすために、タクシーが担う役割は大きくなると考えています。今もすでに、息子さんからの依頼で一人暮らしの母親の自宅へ迎えに行って、指定の病院へお連れして、診療が終わったあとにまた電話をもらいご自宅までお送りするという需要があります。こうしたタクシーの利用の仕方は今後どんどん多くなるでしょう。

 地方では、生活の足としての役割を公共交通機関は果たしきれていません。特に高齢者にとっては、ドア・ツー・ドアで移動できるタクシーの役割は大きいですが、これが経営として成り立つかという問題はあります。バスや鉄道は補助金によって路線を存続し、また低運賃で運行できますが、タクシーに補助はありません。この状況で、公共交通の役割も担っていくのは至難の業です。例えば、つがる市の木造から呼ばれて、車椅子タクシーで木造の病院まで運ぶという注文もあります。これは空車で走る距離を考えると完全に採算が合いません。でも、今は「それでもやりなさい」と言っています。お金の代わりに感謝の言葉をいただく、今はそれでよしとしようと。五所川原市では、「つがる総合病院」の建設も進み、今後、西北津軽の「医」を担う都市としての役割が確立されていくでしょう。その中で、経営的に非効率であっても、地域の医療の足としての役割をどう担っていくのか、これは今後の大きな課題です。

 乗務員の介護ヘルパー資格の取得は、こうしたタクシーに求められる役割と、また経営的に、従来の業務に付加価値をつけていかなければ生き残れないという意識から、津鉄観光時代に始めたものです。乗務員は大変ですが、最初、2人ほどに資格を取らせたところ、帰って来ると飲み会などでその話題が出るわけです。あの訓練は難しかったとか、おもしろかったとか。それが3人、4人と増えてくると、取っていない人は何か肩身が狭くなってくるんですね。それで次々、取得するようになりました。

 全て会社持ちですので経費はかかりますが、私は、これはもっとも効率のよい社員教育だと考えるようにしています。実地訓練を終えて帰ってくると、社員は、がらりと変わります。自信がつくのでしょう。お客様への声がけが違ってくる。現在ドライバーの8割が介護ヘルパーの資格を取得していますが、今年中には、定年間近の人などを除いて全員が取得する予定となっています。

---- 2015年に北海道新幹線が開通し、奥津軽駅(仮称)が開業します。御社では、現在さまざまな観光コースを設定されていますが、今後の観光客へのアプローチや、奥津軽観光の展望などについてお聞かせください。

 ヘルパー資格と並行して、「太宰治検定」や各市町村のご当地検定を取得させるなど、観光ガイド面でも乗務員のスキルアップに取り組んできました。個人の観光客に対応するタクシーは、個人の興味に答えられるより深い知識が必要ですし、バスより高い料金をいただくわけですから、バスガイドよりも観光のエキスパートでなければならないと考えています。

 奥津軽駅の開業によって、当社の業務における観光関係の需要は間違いなく増加します。例えば、安倍・安東氏の遺跡を巡る考古学ファンは奥津軽駅を利用するでしょうから、今後は、その分野の知識も身につけさせていく必要があります。また、奥津軽駅を起点とすると、昼に着いて津軽半島を巡って夕方には函館に向かうという半日観光も可能になります。一方、奥津軽駅から西海岸、白神を巡って秋田に向かうというルートも考えられます。そうした多様な需要に対応できる準備をしておくとともに、こちらからルートを提案していくことも行っていきます。現在、五所川原駅を起点とする観光コースを設定し、ホームページに載せたり、首都圏の旅行会社にプランを提案したりしていますが、いずれ奥津軽駅を起点とするコースもつくっていきたいと考えています。

 いずれにしても、設定した観光コースについては、乗務員全員、必ず1回は回らせるようにしています。駅でお客様を乗せて「ちょっと、ご案内できません」では話になりません。全員が最低限の対応はできるように教育したうえで、その中から分野ごとのエキスパートも育てていきたいと思います。

----最後に、今後のタクシー業界の展望、会社としての目標などお話しください。

 経営者にとって、特に私のような2代目にとっていちばん大切なことは、会社を絶対につぶさないことです。業績を保ち、会社を継続していかなければならないという社会的使命と責任があります。私は、生き残りの最大のポイントは、同族会社から脱却できるかどうか、これに尽きると考えています。会社が苦しいときに、身内が、会長だ、外部役員だと、高い報酬をもっていく。これが一番のネックになります。反対に、これをカットできれば、社員は働いてくれます。今の会社をつくった目的もそこにあります。余力があるうちに、構造改革できる組織にしていく。これが合併の最大の狙いでしたので、そのことは社員にも明言し、経営体制はすべて開示しています。

 もう一点重要なのは、明確なビジョンをもつことでしょう。短期的には、今取り組んでいる資格取得のように、今後の需要に応えるためのスキルを社員に身につけさせ差別化を図っていくこと、そして長期的には、後継者の育成を含めて、今後どんな需要が想定され、そこで会社が何ができるか、そのために適正な規模はどれぐらいかをきちんとイメージする。タクシー業界に限らず、生き残っている会社は、そうしたビジョンがしっかりしていると思います。