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地元に愛される酒造りと
海外戦略のバランスを重視

■日本酒の消費拡大に向けて
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鄭 煥書(チョン ファンソ)氏
桃川株式会社
代表取締役社長
1962年、韓国忠清南道礼山郡生まれ。97年来日。眞露株式会社管理本部長を経て、2011年、桃川株式会社社長に就任。

----若者の日本酒離れが言われて久しいですが、業界の動向をどのようにとらえ、また消費拡大に向けてどのような取り組みをされていますか。

 日本酒の国内売り上げは長期的に減少が続いていますが、その要因として私なりに感じるのは、バブル崩壊以降、景気低迷が続く中で、日本酒は他のお酒より少し割高感があることが影響していると思います。また日本酒はストレートで飲むお酒ですから、アルコール度数が高いものが好まれなくなった消費傾向も影響していると思います。そのイメージを払拭(ふっしょく)するために、大手メーカーが安いパック酒やアルコール度数を下げたものなどを販売しました。しかし、それはある層でのシェアを拡大した一方で、特に若者にとっての日本酒のイメージを逆に落としたのではないかと思っています。紙パック入りで2リットル600円台、3リットルで1000円を切るような商品がテレビで大きく宣伝されている現状は、若者に好まれるおしゃれな飲み物という点では日本酒の価値を下げている気がします。

 かつては、若い時に会社の上司や先輩に飲みに連れて行ってもらって、おいしいお酒に出合い、それから日本酒のファンになるという方が多かったと思うのですが、景気の影響でそういう機会も少なくなりました。日本酒は旬があるお酒です。旬のお酒を旬の肴とともに味わうおいしさ、特に地酒と地物の料理は合うようにできていますから、そうした本当においしい日本酒の飲み方を伝えていくことにも、今後は取り組んでいきたいと思っています。また吟醸系の高級なお酒は、本当にフルーティーですから、お猪口(ちょこ)よりワイングラスで飲むほうが、香りのよさを楽しむことができます。若者の日本酒に対するイメージを変えるという意味で、こうした新しい飲み方を提案していくことも必要だと思っています。

 また、消費者の志向の多様化に対応する意味で、新しい商品の開発にも取り組んでいます。昨年発売した「りんごに恋したお酒」という商品は、日本酒と「りんご酢」を合わせたものです。以前から地元の特産品であるりんごを使ったお酒の研究は進めていたのですが、普通のりんご果汁と日本酒を合わせるとある段階で苦みがでてしまうのです。幸い、青森にはカネショウさんの「りんご酢」という確立された製品がありましたので、これを試してみたところ、苦みもなく非常にさわやかな味に仕上がりました。日本酒と酢という組み合わせは全国でも珍しいですし、女性にも飲みやすい味ということで好評をいただいております。こうした地元同士のコラボレーションということにも取り組んでいきたいと思っています。

----青森県内の消費動向はいかがでしょう。

 当社では随時、八戸市を中心に経済界の方を招いて、工場を見学していただきながら日本酒のよさを伝える見学会を実施しています。これは桃川の製品に限らず、地酒の魅力をあらためて知ってほしいということで行っているものです。

 というのも、青森県の人は、日本酒を愛飲される方でも、県外のお酒を飲む傾向もあります。秋田県ではほぼ9割の方が地酒を選んでいるのとは対照的です。日本酒の売り上げ上位は1位からずっと灘、伏見の酒蔵が占めていますから、ブランド志向が強いのかもしれませんし、あとは価格の面が影響しているのかと思います。ただ、私どもは大手と価格競争をしていくつもりはありません。大きな工場で造られる酒に比べれば、青森県の蔵元は手作りの工程が多いですから、どうしてもコストはかかります。当社は、全国の酒蔵メーカー約1700社の中で、売上高33位。県内では断トツの1位ですから大手ということになりますが、量産向けの商品で売り上げを確保することと、地元の老舗の蔵元として、地元の消費者に愛されるしっかりとした手作りの味を造り続けていくこと、そのバランスをとりながら、事業を展開していくこととしています。 

 また、当社では年間約900トンの米を使いますが、そのほぼ9割は県産米です。県内の蔵元のほとんどが県産米を使っていますから、日本酒製造業の青森県の農業、経済への貢献度は少なくないと思っています。地産地消という意味でも、青森の米で造った青森の地酒を、青森の旬のものといっしょにいただく、こうした文化が青森でもっと根付いてほしいですね。

■県内最大の蔵元として

----新しい体制となり、鄭社長が就任されたことの背景には、輸出拡大というグローバルな事業展開をめざす狙いがあったのでしょうか。

 もともと桃川は米国に関連会社があり、そこを通して輸出と現地生産も行ってきました。青森から輸出している「MURAI FAMILY」、現地生産の「MOMOKAWA」ブランドは米国でもよく知られています。米国では日本酒の人気は年々高まっていますし、売り上げも、リーマンショック以降伸び率は低下したものの増加を続けています。一方、近年はアジア圏への輸出にも力を入れています。特に私が社長に就任してから、以前からの人脈を通じて韓国への輸出を増やしています。韓国でも日本酒は人気があり、現在、ソウルでは、数店の量販店で桃川がレギュラー商品として販売されていますし、また数年前から日本風の居酒屋がたくさんでき、みなさん、そこで日本酒を楽しんでいます。そういう傾向が、ソウル以外の地方都市にも広がっています。  現在、世界16カ国に輸出していますが、今後もアジアを中心に輸出の拡大を図っていきたいと思っています。ただし、桃川の販売の圧倒的な地盤はやはり地元です。この点でも、海外での販売拡大と、地元の消費者に愛される酒造りということのバランスを重視していきたいと考えています。

----韓国から東京での生活を経て、おいらせ町で2年間を過ごしたわけですが、青森県、おいらせ町の暮らし、経済状況などについてご感想をお聞かせください。

 青森県はおいしい米もあるし、なんといってもおいらせ町には、奥入瀬川の伏流水という素晴らしい水があります。また最高級のお酒はやはり寒い時期に造られます。気候的にもここは日本酒造りにたいへん適していると思います。

 私は、韓国のソウルから南に100キロほどのところ、忠清南道礼山郡というところで生まれ育ちました。農業中心の地方で、私の家でも米やリンゴを作っていました。ですから、青森県、おいらせ町には非常に親近感を感じます。ここは上北郡、礼山郡と同じく「郡」ですし。東京に家族をおいて単身赴任していますが、おいらせ町は暮らしやすい町だと思います。ただ、旧百石町の商店街の現状はやはり寂しいですね。これも大手と地場の商工業という話になりますが、行政や商店街側が対策に努めることはもちろん大切ですが、消費者の側にも、お酒に限らず、安いものだけを求めるのではなく、地元のものを地元のお店で買う、そういう地元経済を考えた消費行動というものがあってもいいのではないかと感じています。

----最後に、鄭社長から見た日本酒の魅力をあらためてお話しください。

 日本酒は、きれいな水、品質の良い米で造られるものですから、その味は豊かな自然から生まれるといえます。同時に、精米の仕方、糖化とアルコール化を同時に進める工程、酵母の種類とバランスなど、非常に緻密に計算された製法で造られています。つまり日本酒のおいしさを支えているのは、原料の質、気候などの自然条件とともに、科学的な研究の積み重ねであり、さらにそこに杜氏(とうじ)の丁寧な仕事が加わって初めておいしいお酒ができるのです。大半の消費者は、そうした仕込みの方法の幅広さ、奥深さや、それによる味の違いについてご存じないでしょう。私も社長に就任して、酒造りの現場を間近で見て、あらためて日本酒の魅力と奥深さを知りました。 

 青森には多くの蔵元があります。作られるお酒の種類も多いです。嗜好(しこう)品なので、どこのお酒が一番おいしいとは言えない商品ですから、蔵元としては「うちはこういうことにこだわり、こういうお酒を造っています」「うちのこのお酒はこういう味の特徴があります」ということを分かりやすく伝えていく努力が必要だと思います。消費者には、その違いを楽しんでいただきたいと思います。自分の好みで、この時期はこの蔵のこのお酒、この時期は別のお酒というふうに、一年中楽しめる、それが日本酒文化が浸透していくということだと思います。そのために蔵元の側も、工場見学を積極的に実施するなど、PRの面でも努力していかなれければならないと思っています。