首都圏発 東奥トップインタビュー 明日への挑戦


■第9回 横内 正典氏 横内醫院 院長

 
   
顔写真
横内 正典(よこうち・まさのり)
 1944年10月17日、中国・旅順市で生まれる。6年後に中泊町(旧中里町)へ移住。弘前高校、弘前大学医学部卒業後、71年、函館市立病院外科勤務。73年、弘前大学第二外科教室非常勤医師、78年、木造町立成人病センター副院長、82年、田子町立田子病院長を経て、93年、四谷西華クリニック(東京)、94年、横内醫院(同)を開業。日本癌学会、日本東方医学会、日本再生医療学会所属



末期がんに東洋医学併用療法で挑む

―医者としてのスタートは消化器外科医でしたね。

 父は内科医だったが、診察した患者さんが虫垂炎などになると、外科に紹介していた。子ども心にも悔しいと思い、最終的治療をする弘前大医学部に入り外科医になった。当時はがん部門別死亡率が最も高いのが胃がん。しかし、パーフェクトの手術をすれば完治するだろうと、完全治癒手術により患部を完全に切り取り、抗がん剤と放射線治療との3大治療をしても1、2年で再発し5年生存率も低かった。外科で対処できるのは早期がん。末期がんにはなすすべがなかった。「先生助けて」と言いながら亡くなっていく。無力感と敗北の連続でした。

―東洋医学との出合いは?

 研修医として函館市立病院でがんなど多数の外科手術をしていたが、毎回の手洗いのブラッシングと消毒液でひどい皮膚炎になった。3カ月間は見学でした。外科医として致命的だが、病院の薬では治らず、なんと取り寄せた漢方薬で治った。天啓を感じ、現代医学(西洋医学)と漢方薬の東洋医学の併用を思いついたのです。漢方の原典の勉強をして「医宗必読」に突き当たった。人体の正気が不足し邪気が上回れば陰陽が失調する、がんであれば全体的な陰陽の失調から起こるということです。

▼漢方薬で尊厳失わず

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診療に当たる横内院長
―末期がんに対処するため、天啓という東洋医学併用療法に本格的に向かった。

 産婦人科医の従兄が日本で初めて鍼麻酔による帝王切開を成功させたということもあり、弘前大に戻ってから低周波置鍼法(電気鍼)や漢方に取り組み始めました。そのころに薬価収載といって、すべてではないが、漢方薬100種類ぐらいが薬として認められ健康保険が利くようになった。現代医学で患者は抗がん剤、放射線治療でへとへとだが、東洋医学の漢方薬では元気になる。しかも、無痛であり、尊厳も失わない。現代医学に東洋医学を併用する東洋医学併用療法の5年生存率は、現代医学単独での治療より高かった。

―町立田子病院院長として末期がん患者の治療にも取り組み、日本癌(がん)学会や日本産婦人科学会で発表しました。

 治療した再発末期がん患者138人中、生存加療中が30人。死を宣告されてから来院し2年以上の生存は10人だった。30人の内訳は胃がん10、大腸がん5、直腸がん5などでした。中国・北京の中日友好医院の副院長が視察に来て、最高の東洋医学的診察と評価してもらったこともあります。また、遺族の悲しみの中、お願いして死亡患者を解剖すると、転移リンパ節やがん種は壊死し活動状態は認められなかった。がん細胞の活性が失われた結果と考えられます。あと一歩で生かすことができたのでないか、生と死の差は、ほんの少しの差ではないかと思います。再発末期がんだからと、医療者はあきらめていないか。「患者さんを治してやろう」という初心に戻るべきでしょう。

パワーテストで処方、生活環境改善も

―現代医学の外科医としてがん治療を始めて、東洋医学に移り鍼麻酔、漢方薬そして気功と次々と取り組みますね。源泉はなんでしょうか。

 患者さんを治すために外科医になったのに末期がんを治せない、なぜ治せないのか、どこかに突破口があるのではないかと考えきたわけです。東洋医学を併用することになりましたが、鍼麻酔、漢方薬でも治らない難しい患者さんもいっぱい来るわけです。それで、治療の効果を高めるため、台湾の医師を呼んで気功を勉強した。8年目になって、ようやく気を感じることができた。ある先生が発見したのだが、気は紙にも布にも入れることができる。また、がんになる前の生活と、がんになった後の生活が一緒ならば、また、がんが出るということにも気づいた。

▼自分の力で治癒図る

―さて、がん自体の発生のメカニズムとして、がん遺伝子とがん抑制遺伝子の相互作用があり、さらに外因と内因があるそうですね。

 がんは細胞の中の遺伝子が傷つくことが発生の原因とされ、メカニズムは学者によって多くの研究がされている。研究を参考にしながら活性酸素などの内因、電磁波や放射線、口腔内免疫力を低下させる合金、食事の間違いなどの外因があると気づいた。治療ではO−リングテストを発展させて半導体レーザーを使い、共鳴現象を利用したパワーテストで患者さんの病気の原因を探り、適合する漢方薬(がんをたたく薬、ウイルスや細菌をたたく薬、免疫力を高める薬)を決めます。自分自身で病気を治すツボの活用、気功エネルギーも活用します。併せて、内因と外因に対処して電磁波ブロックや食など生活環境の改善もしてもらいます。

―現代医学自体は否定していないわけですよね。一方、東洋医学は人間が本来もつ力を高めることを目指していると感じます。

 もちろん、現代医学にはいいところがいっぱいあるわけです。高カロリー輸液や輸血は末期がん患者にも必要不可欠です。現代医学で正しく治療を受けてデータを提供してもらい、セカンドオピニオンとして東洋医学併用療法で治療しているわけです。一方、現代医学・西洋医学は端的に言うと、患部を切除するなど外科的な対処療法。根本的治療としては、がんだろうと高血圧や糖尿病であろうと、疾病に至った原因を追究する必要があるはず。東洋医学では、患者さんにがんと闘うため一番のパワーになる「気付き」を与えることが重要と考えていて、自らの力で治癒できるようサポートしているわけです。

▼患者のニーズに尽くす

―町立田子病院の院長時代には「病院は職員のためにあるのではなく、患者のためにある」という「クランケンハウス」(患者さんの家)の実現に向けて改革に取り組みました。医療者としての基本姿勢のように見えます。

 医者となってずっと考え、感じていたことの実現は院長でなければ音頭を取れない。患者を治すために全身全霊を傾けて闘う姿勢を職員に示し、院長について行こうと思ってもらえるよう号令をかけたのです。医師であれ、看護師であれ、職員であれ患者のニーズに尽くすのが役目。そこで医師とコ・メディカルスタッフ、ボイラー技士まで全員による勉強会やミーティング、院内の灰皿一掃による禁煙、患者の都合に合わせた夕食の6時配膳、日本初の漢方の朝粥などを実践しました。

―今後の末期がん治療の方向についてどう考えますか。また、現在開業している医院にローマ皇帝の侍医で医学・薬学を体系付けたとされるドクター・ガレンの額が掲示されていますね。

 現代医学に東洋医学の知恵をもっと併用して治療してはどうでしょうか。大学病院のドクターの理解がまず必要ですね。私自身はあと10年外来診療していくつもりです。私の考えを理解してくれる医者も多くいますので、後継者になってくれればと思います。「最高の診療は、医師と患者の限りない信頼と愛情の上に築かれる」というガレンの言葉ですが、私も同じ考えであり人生訓としています。

(聞き手=東奥日報社常務取締役東京支社長・鳴海成二)

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「治すのが医者」信念貫く/東京支社長の視点

 「患者さんに闘う気持ちがあるうちは、絶対に治療をあきらめない」という。末期がん患者の奇跡の生還を幾度も見てきたからだ。2011年3月11日の東日本大震災に直接遭遇してから常時、防災セットが入ったリュックを背負い出勤している。首都圏直下型地震が起きても「私の漢方薬を待っている患者さんがいるうちは、死ぬわけにいかない」からだ。

 横内醫院を訪ねた日、北海道と大阪の末期がん患者が治療を受けに来ていた。まだ若い30代と40代の女性。待合室で不安に包まれていた表情が、診察を終えて一筋の光明を見出したようで笑顔に変わっていた。闘う気持ちを呼び覚ましたようだ。傍からも、助かって−と願わずにいられなかった。

 小学生の時、体の不自由な同級生をおぶって通学したエピソードがある。長じて外科医として末期がんに立ち向かう。壁にぶちあたるが「治すのが医者」との信念を貫き、可能性を求めて東洋医学併用療法を模索してきた。開業は第一級の漢方薬を自在に自由診療で使うためという。絶望の淵にいる患者の最後の砦の一つであろうか。(鳴海成二)






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横内醫院の受付
 <医院概要>

■医院名 横内醫院

■医院所在地

〒164−0003

東京都中野区東中野4−4−1 ポレポレ坐ビル3階

TEL03−5386−0205(完全予約制)

■設立 1994年10月1日

■代表 院長 横内正典

■診療科目 内科(漢方による、がん、不妊症、アトピー治療)※自由診療

■診療時間 平日:午前10時〜午後0時半、午後2時〜5時半

        土曜:午前10時〜午後0時半

        ※水・土曜は月2回ほど不定期で診療があります

        休診:日・祝日

■従業員数 10人(アルバイト含む)




 
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