あおもりびと

技磨き 自分高めたい総合格闘技「修斗」プロ選手
木村孔明さん(八戸出身)

2017年11月17日(金)

「お客さんが沸くようなハイレベルな試合がしたい」と練習に汗を流す木村さん

 打撃あり、投げ技に関節技、絞め技ありの総合格闘技「修斗(しゅうと)」。八戸市出身の木村孔明(こうめい)さん(30)=千葉県市川市在住=は、そのライト級プロ選手だ。「自分をどこまで高められるか突き詰めたい」。建設会社での仕事と両立しながら、道場で日々技を磨く。

 幼稚園のころに剣道を始め、もともと武道に親しんでいた木村さん。剣道に打ち込もうと、高校は実家を離れ青森山田(青森市)に進学した。そこで待っていたのが総合格闘技との出合いだった。

 「部活が終わった後、モンゴル人の相撲留学生とレスリングとか柔道をやってみたのがきっかけ。ほとんど遊びのつもりだったのに、もう楽しくて。剣道より、はまっちゃった。これは奥が深いと」

 高校卒業後、本格的に総合格闘技を始めようと上京。築地市場で競り人として働きながら、東京都港区の道場に入門し、基礎を体にたたき込んだ。

 アマチュア修斗で試合デビューしたのは2009年。「緊張して、全然体が動かなかった」。相手の攻撃を受けるだけになり、TKO負けを喫した。

 その後もアマチュア修斗や格闘技団体「パンクラス」で試合に出場。12年11月には、海外のレベルを体験しようとハワイの格闘技ジムに3カ月間留学した。上京当時は「1回でも試合に出る」ことが目標だったが、経験を積む中で「プロになりたい」という思いが強まった。

 アマチュアや他団体での実績が認められ、15年に日本修斗協会の推薦でプロライセンスを取得。これまでのプロ戦績は2勝3敗。現在は千葉県浦安市の道場に所属するが、東京都内のキックボクシングジムにも通う。「打撃が得意になって、試合で練習以上の動きができるようになってきた」と手応えを語る。11月19日には、東京・新宿でのプロ6戦目が控える。

 真剣勝負が続く厳しい世界に身を置きながら、「健全な心と体ができたことで、どんなときも毅然(きぜん)と構えられるようになった」と木村さん。「昨日より今日、今日より明日と、ちょっとずつ前に進んでいければ」と自らの可能性と向き合っている。

23区内 923カ所走破「坂」に挑むランナー
山田安秀さん(七戸出身)

2017年10月20日(金)

皇居近くの紀伊国坂を疾走する山田さん。「坂を走ると、地域の歴史などいろいろなことが見えてくる」と話す=東京都千代田区

 東京都内を歩いていると、思いのほか坂道が多いことに気付く。しかも「紀伊国坂(きのくにざか)」「行人坂(ぎょうにんざか)」など名のつく坂がかなりある。そんな東京23区内の名のある全ての坂の走破に挑んだのが、七戸町出身、都内在住の山田安秀さん(53)だ。

 走り抜いた坂は923カ所。23区内全て、とみられるが…。「坂を網羅したデータはないんです。インターネット上の坂に関するサイトや区役所の地図を参考にしているが、漏れも多い。現場に行ってみたり、地元の人に聞いて発見することもある。だから、これからも発掘して増える可能性は大です」と笑う。

 もともとは経済産業省職員。三本木高から北海道大学に進み、同大大学院修了後、1988年に通商産業省(当時)に入省。2004~07年にはタイ国に赴任。14~17年まで内閣審議官として新型インフルエンザ、エボラ出血熱などの感染症対策を指揮した。

 本格的に走り始めたのはタイから帰国後。駐在中は車移動ばかりで足腰が弱った。大学時代に部活動で痛めたひざの古傷もあり、医師に「筋肉で補強するのがいい」と勧められた。負荷をかけるためには坂を走ろうと、13年4月から坂道を中心にランニングコースを設定するようになった。

 徳川家康の遺訓とされる「人の一生は重荷を負いて遠き道をゆくが如し」を「遠き坂を上るが如し」と言い換えて人生訓にする。「坂を走るのは仕事のストレス解消にもなる」。現在は坂探訪の範囲を多摩地区まで拡大しつつ、フルマラソンにも挑戦している。

 一方で「このままでは、ただの物好きで終わってしまう」と、坂や走ることを切り口に、さまざまな活動を模索中だ。

 一つは、はだしで歩くせいで足の感染症が深刻なアフリカに、履かなくなった運動靴を贈る活動を広げること。非政府組織(NGO)「日本リザルツ」のプロジェクトに賛同し、ランナー仲間などに呼び掛けて協力を募っている。

 もう一つは、坂を切り口にした地域振興の展開。タレントのタモリを筆頭に「坂道ファン」は少なくない-とみる。「撮りためた4千~5千枚の坂の写真を使い、ホームページをつくりたい。坂周辺の飲食店情報なども掲載したら、観光振興につながるのではないか」。青森県内版もつくれたら-と思いは膨らんでいる。

お酒通じ人つなぐ出張バーテンダー
溝江雅美さん(青森出身)

2017年9月15日(金)

「テーブル一つあればどこでも出張します」と話す溝江さん。この日は書店「東京天狼院」がバーに早変わりした=東京・池袋

 ある夏の夜、東京・池袋の書店の一角。青森市出身の溝江雅美さん(37)=埼玉県在住=がカクテル用のリキュールやシェーカー、グラスを次々と取り出した。

 「カクテルの世界を楽しみながら自由に遊んでいって」と参加者約10人に呼び掛け、書店主催のお酒のミニ講座が始まった。それぞれの好みを聞いてオリジナルカクテルを作ったり、お酒にまつわる質問に答えたり。参加者は初対面同士ながら、溝江さんを介して会話を弾ませ、夜が更けるまでお酒談議を交わした。

 「お酒はあくまでツール。お酒を通じて楽しい時間、空間をつくり、人のつながりをつくるのがぼくの仕事ですから」

 名刺には「日本一ご縁を結ぶ出張バーテンダー」とある。「最初は何となくの思いつきでした」と笑いながら振り返る。

 青森北高を卒業後、上京。スーパーに勤め、総菜売り場で調理の楽しさに目覚めた。その後、ダイニングバーに勤務。調理場担当だったが、人手が足りない時にホールに駆り出された。

 人見知りだというが、「うまく話せなくても話を聞くことはできる」とバーカウンターで聞き役に徹した。次第に話が蓄積され、接客に生かせるように。すると、自分を目当てにカウンターが埋まるようになった。

 あるとき、風邪で寝込んでいて「こういう時、お酒をつくりに来てくれる人がいればいいな」と思った。2010年のことだ。

 スーツケース一つにリキュールのミニボトル25本を入れ、全国どこでも出向くスタイルを考えた。ホームパーティーや結婚式に呼ばれたり、高齢者施設のお祭りではノンアルコールカクテルを提供したり。企業の懇親会では、社長の名前のカクテルを考案して盛り上げた。「面白かったのは、出産後間もないママさんの会。授乳中だからお酒を飲めないし、外出もままならないママさんたちに、きれいな色のノンアルコールカクテルをつくったらすごく喜ばれました」

 今は自ら講座を企画するなど、仕事の幅を広げている。「バーテンダーの基本は、ティーチング(教える)、コーチング(引き出す)、コンサルティング(助言・支援する)。こうした力や人脈を生かし、多くの人の力になりたい。青森の活性化のためにも何かしたいですね」

おもてなしの心 一筋浅草の街を人力車で案内
沼沢明俊さん(五戸出身)

2017年7月21日(金)

浅草のシンボル・雷門の前に立つ沼沢さん。「人力車だから見える風景」を追い求めている

 丸刈りに、きびきびした所作。威勢のいい、よく通る声は、まるで生粋の江戸っ子だ。五戸町(旧倉石村)出身の沼沢明俊さん(38)=千葉市在住=は、東京・浅草界隈(かいわい)で人力車を引いて十余年。ベテランとなった今も、お客さんが喜ぶおもてなしを-といちずな気持ちを忘れない。

 経歴はユニークだ。八戸工大二高を卒業後、海上自衛官となったが3年で退職。東京のタレント養成所に入り、漫才コンビを組んでスターになる夢を追いかけた。

 芸人として舞台に上がっていたが、その収入だけでは生活できない。「せっかくなら芸に結びつくバイトがしたい」と、求人雑誌で見つけたのが人力車夫の仕事だった。

 「最初は全身筋肉痛。食欲もなくなりました」。時速10キロ前後で走り、停止と発進を繰り返す。しかも、ずっとしゃべりっぱなし。「一番鍛えられたのは心肺能力ですね」と胸元をさする。

 もともと研究熱心な性格。街の歴史を頭にたたき込み、新しい店や観光スポットのチェックも欠かさない。お客の年代や性別はもちろん、人力車に乗ったことがあるかないかでも話題を変える。

 お笑い芸人の活動に区切りをつけ、人力車の仕事に専念し始めたのが2007年。「自分にお笑いのセンスがないと分かり、スパッとやめた。これからは人力車に専念しようと」。自由に一からサービスを組み立てたい-と12年12月、自ら会社「花鳥風月」を興して独立した。

 浅草のほか、上野、両国、鎌倉でも車を引き、三重県の伊勢に出張することも。アイドルグループ「AKB48」の曲「ハイテンション」のミュージックビデオにも出演し、人力車にメンバーを乗せコミカルな笑顔を見せている。

 ちょうちんを手に新郎新婦を先導したり、口上を述べたりする婚礼のサービスも展開する。「日本の伝統的な『嫁入り』の良さを伝えられれば」と熱く語る。

 年齢を重ね、体力的な衰えも感じるという。重労働が身にこたえても、ガイドの質は落とさない。「年をとったらとったなりの言葉遣い、身のこなしができ、若さとは違う魅力があるはず。案内した街をお客さんが好きになって、また来たいと思ってもらえたら一番うれしいです」

チンドン屋で3年連続日本一チンドン芸能社
永田 美香さん(八戸出身)

2017年6月16日(金)

笑顔で声を張り上げ、商店街イベントをPRする永田美香さん=5月27日、JR西荻窪駅前(東京都杉並区)

 「ハロー西荻でございます。今年もやってまいりました。西荻の隅から隅まで、ごゆっくりと楽しんでください!」

 5月下旬の、よく晴れ上がった週末。東京・杉並区、JR中央線西荻窪駅の南北に広がる商店街に、張りのある声が響き渡った。

 永田美香さん(49)=台東区=は八戸市出身。黄色と紫のあでやかな和服にカツラ、濃いめのメーク、傘が付いた大小の太鼓にチラシ-。県内ではまず見かけることがなくなった伝統的スタイルの永田さんを先頭に、チンドン芸能社のメンバーが住民たちに明るく声を掛けながら町を練り歩いた。「ハロー西荻」は今年で28回を数える商店街イベント。その“盛り上げ大使”を20年務めている。

 八戸工大二高では演劇部員だった。22才で上京し、会社勤めをしていたが、やがてできた友人の一人が永田さんの人生を大きく変えた。

 チンドン屋で楽器を演奏していたその友人から、チラシまきを手伝ってと誘われ、「面白そうだったので行ってみたらもう、すぐに魅力にとりつかれて」と永田さん。その魅力について、「チンドン屋っていきなり町に現れて、つまんなそうな顔をしている人をも一気に明るくする。まるで町に色を着けていくみたい」と語る。

 すぐに会社を辞め、25歳で弟子入りした。2007年に同業の永田久さんと結婚し、「チンドン芸能社」を設立。チーム「美香」は今年4月、富山桜まつりのメインイベントとして毎年、富山市で行われる「全日本チンドンコンクール」で3年連続の日本一に輝いた。

 現在はイベントやアトラクション、街頭宣伝を年間200~250回こなすという。

 「自分はやはり北国の人間だなと思うことがある。例えば太鼓の音にしても、えんぶりの太鼓は、雪の降っている寒い中で鳴らすので、ボコッボコッと低く沈んだ音がする。そういう音が好き」

 今後については「自分がこれから先、どういうチンドン屋になっていきたいのか見直すためにも、もっと地元の音を聴いたり、芸能を見たりしたい。そしていつか、地元八戸の施設を回ってお年寄りの方々を楽しませたい。それが今の夢です」と笑顔を見せた。

看護師不足解消目指す星槎大学大学院教授
佐藤智彦さん(弘前出身)

2017年5月19日(金)

「学ぶ人たちが満足し、成長していける場にしたい」と話す佐藤さん=横浜市の星槎大学大学院

 自身について「異端に見えるでしょうね」と屈託なく笑いながら話すのは、弘前市出身の佐藤智彦さん(39)=神奈川県在住。内科医として週3回、県内の医療機関で診療に当たる一方、星槎(せいさ)大学大学院(横浜市)で教授を務め、院生を指導している。

 異色なのは、教員の籍を置くのが医学研究科ではなく、教育学研究科である点。しかも取り組んでいるのは、指導力の高い看護教員や看護の現場で教育のできる人材の育成だ。

 同大大学院は2015年4月、通信制の看護教育研究コース(修士課程)を開設した。その際、中心的な役割を担った。「背景にあるのは深刻な看護師不足。その対応のため、看護大学や看護学部が次々できたが、今度は質の確保や教員不足という問題が出てきた」

 自身も診療の現場で共に働く看護師たちに思うところがあった。「医師の指示受けにとどまらず、他の看護師にアドバイスしたり適切な指導をするような、リーダー的な存在の看護師がもっと増えれば、と思っていた」

 弘前高校卒業後、東京大学医学部に進学。弘前大学の生化学教授だった父の影響もあり、臨床より研究に興味があった。「医療に貢献できるような研究ができたらいい」と漠然と考えていたという。

 臨床研修を経て、血液腫瘍内科・輸血学を専門とし、基礎研究と臨床に携わった。「次の道をどうしようか考えていた時、知り合いを通じて大学側からこういう構想があるという話をいただいた」

 豊富な経験を持つ看護師が学術研究に取り組み、能力を磨くことで、病院の中核となる人材が育ったら-。自身が現場で抱いていた思いと構想が一致した。「看護師を直接養成するのではなく、周りで支える人材の育成なので、長期的ではありますが、いずれ看護師不足の解消につながればと思っています」

 院生は主にベテランの看護師や看護教員。通信教育の利点を生かし、いずれも仕事を続けながら、北海道や九州など全国から参加している。今春、1期生の6人が修了した。

 「青森県からも入ってほしい。こういう形を通じて古里に恩返しできたらいいですね」

亀戸と青森つなぎたいアンテナショップ経営
河野崇章さん(むつ出身)

2017年4月21日(金)

「頑張っている古里の若者を応援していきたい」と話す河野さん=「下北半島交流ショップ むつ下北」(東京都江東区亀戸)

 JR亀戸駅(東京都江東区)から歩いて10分弱。亀戸香取神社の参道沿いに約30の店が立ち並ぶ。その一角にアンテナショップ「下北半島交流ショップ むつ下北」がある。

 「以前は青森物産ショップと名乗っていましたが、下北をより打ち出そうと思って」。店主の河野崇章(たかあき)さん(62)=むつ市出身=が、そう言いながら出迎えてくれた。

 こぢんまりとした店内には下北関連のポスターがずらり。扱う商品は県内一円にわたり、下北名産アピオスをはじめ、シジミのみそ汁、サバ缶、干しリンゴなどが人気だ。「県出身者や地元住民の交流の場になれば」と、金~日曜・祝日は店内でバーも営業する。2席限定の小さなバーだ。

 出店は2011年3月。都内の広告企画会社に勤めていたが「人に感謝される仕事がしたい」と51歳で退職。両親の介護のために東京とむつ市を行き来する中で、人口減、農業の担い手不足などの課題を目の当たりにした。「古里のために何かしたいという思いがふつふつとわいてきた」

 折しも、亀戸の町おこしを手掛けていた旧知の関係者から出店を打診された。前後して弟・紹視(つぐみ)さん(60)が県内の百貨店を退職し、むつ市でアピオス栽培に取り組み始めた。彼の人脈や同市の知人から協力が得られ、都や江東区の補助金を活用して開店にこぎ着けた。

 「最近力を入れているのは、県産食材の販路を見つけ、生産者と需要者側をつなぐ仕事」。13年、ニューヨークに本店があり首都圏に6店舗展開するレストラン「バビーズ」から、アップルパイ用のリンゴを安定供給してほしい、と打診された。南部町のNPO法人・青森なんぶの達者村に何度も通い、バビーズのオーナーを園地にも案内。年間30トンを取引するまでになった。

 地元の老舗料亭「亀戸升本」からは、江戸東京野菜・亀戸大根を冷涼な青森県で夏場に生産できないか依頼された。各地で試験栽培し、これも南部町の農家と契約が成立した。

 「いろいろな課題に直面するけれど、生産者と一緒に考え、成果が出るとうれしい。彼らが喜んでくれるのが一番の支え」。これからも亀戸と青森をつなぐ役割を担っていきたい-。そう穏やかに語った。

最高の味を追い求め日本料理人・現代の名工
高橋幸男さん(五戸出身)

2017年3月17日(金)

カウンター内で開店前の仕込みに励む高橋さん=東京・神楽坂の「牧」

 日本髪に和服の芸者さんたちが急ぎ足で小路を行き交い、今も花街の風情を色濃く残す東京・神楽坂。お座敷のある料亭「牧(まき)」で、料理長として包丁を握るのは五戸町出身の高橋幸男さん(74)=横浜市在住=だ。

 「うちの店は常連さんが多いんです。じっくりと腰を落ち着けて、芸者さんと会話や食事を楽しむ。週に4、5日いらっしゃる方もいますよ」

 この道58年。2004年には国の「現代の名工」に選ばれた。東京調理師振興会会長、日本料理研究会副会長のほか、台東区にある調理学校の校長も務め、多忙な日々を送る。

 温かい物は温かいうちに、冷たいものは冷たいうちに。一品一品を最善の状態で提供できるよう心を砕く。

 「季節に合った食材選びはもちろんだけれど、その日の天候、お客さまの年齢、性別なども考慮しますね」と語る。その時のお座敷の雰囲気、宴(うたげ)が始まってからの時間の推移なども見ながら、盛り付ける分量や味の濃淡などを決める。

 八戸のウニやサバ、十三湖のシジミ、陸奥湾のホタテなど県産品を食材に選ぶことも多い。地元である倉石牛もイチオシだという。

 15歳の時、親戚が経営する岩手県の温泉旅館で料理人としての第一歩を踏み出した。「まだ若造でしたね。鼻歌交じりで仕事をしていたら肉をひく機械に指を挟んで大けが。厳しく怒られ、深く反省しました」と笑う。

 盛岡市の料亭を経て東京で修業。著名な料理人に弟子入りし、大きなホテルで経験を積む。20代の終わりには大手企業がブラジルに開いた日本食レストランの料理長となった。

 「日本料理には守らなければならない基本があるけれど、要望に合わせて臨機応変に対応する力も求められる。南米のおおらかな風土は、私の性格に合っていたと思います」

 手元には、読み込んでボロボロになり、たくさんの付箋が貼られた古い参考書「日本料理献立大鑑」がある。表紙をなでながら「料理人としていろんな経験をさせてもらった。場面場面で支えてくれた人たちとの人間関係を大事にしているから、今の自分があるんだと思います」と力を込めた。

信頼得る伝え方を「ごちクル」運営会社の広報部長
石尾怜子さん(六戸出身)

2017年2月17日(金)

「ごちクル」のカタログを手に笑顔を見せる石尾さん

 有名料理店の豪華弁当からサンドイッチやおむすびまで、多彩な弁当をオンラインで取り寄せられる宅配サービス「ごちクル」。2012年の開始以降、瞬く間にエリアを拡大し、現在は47都道府県で展開。企業向けを中心に月間50万食を提供する人気ぶりを見せている。

 運営するスターフェスティバル(東京)は09年設立のベンチャー企業。六戸町出身の石尾(旧姓吉田)怜子さん(38)=都内在住=は広報部長としてメディアへの情報発信や取材対応などに当たり、急成長する同社の一翼を担っている。

 「首都圏からスタートしたサービスですが、現在青森県内でも多くの市町村で注文できます。例えば青森市なら33種類のお弁当を届けられます」

 三本木高校から都内の大学を経て、メーカーやIT企業などで勤務。13年春にスターフェスティバルに入るまでは、化粧品メーカーでネット通販分野を担当していた。

 新たな世界に飛び込んだのは「今までにない事業やサービス、価値観をつくっていくことに興味があった」から。自身にとっても会社にとっても広報業務は一からのスタートだったが、書籍やネットでの情報収集、勉強会への参加、経験者に話を聞きまくるなどしてスキルを磨いた。

 単に社の情報を流すだけではない。社会の状況に目を配り、より世の中に受け入れられるサービスの形を社内に提案するのも、広報の役目。「今まではベンチャーとして『知ってください』という伝え方が主でしたが、これからは食べ物を提供する立場として、さらに『安心、安全』を。信頼を得られる広報活動をしていきたい」と思いを語る。

 スターフェスティバルは16年から地方創生を応援する事業も始めている。鳥取県中部地震に見舞われた同県の復興を支援するため、鳥取産米やベニズワイガニなどを使ったオリジナル弁当を開発し、「ごちクル」で提供中。今月14日には同県との連携協定も結んだ。

 「いつかは郷里の食の魅力も伝えたい。お弁当などの形にできたらすてきですね」。青森県の特製弁当が登場する日が楽しみだ。

理論と実践、両輪で日大の危機管理学部長
福田 弥夫さん(八戸出身)

2017年1月20日(金)

青森市出身の版画家・関野凖一郎の大ファンだという福田さん。学部長室にも作品を飾っている

 東京都世田谷区にある日本大学の三軒茶屋キャンパス。八戸市出身の福田弥夫(やすお)教授(58)=西東京市在住=は、本年度開設した危機管理学部(入学定員300人)の初代学部長を務めている。

 危機管理に特化した学部は、文系では国内初。現代社会が抱えるさまざまなリスクを(1)災害(自然災害や大規模事故)(2)パブリック(犯罪、テロ)(3)グローバル(国際紛争、環境、難民問題)(4)情報(サイバー攻撃、個人情報や知的財産の保護)の四つに分類した。

 教員には法務・国土交通・警察・防衛などのOBがおり、理論と実践のバランスが取れたプログラムを展開している。自治体や地域住民の関心も高い。真新しい校舎を近隣町会の防災訓練に活用したほか、一部の学生は地域の消防団に団員登録している。

 「阪神・淡路大震災や東日本大震災に続く首都直下型地震は、『起きるか起きないか』ではなく『いつ起きるか』が焦点となっている。危機管理は、縦割り組織ではできない。いろんな団体の横の連携が大事です」

 自身の専門は法学(商法、保険法)で日本保険学会理事長でもある。保険は危機管理の柱ということもあり、大学執行部(理事長は五所川原市出身の田中英壽(ひでとし)氏)から学部長就任を依頼された。

 少子化が進み、どの大学も学生獲得に懸命だ。「危機管理について、今はうちが先行していても、いずれ他大学が追随してくるでしょう。常に新しい教育内容への目配りが必要です。出口(学生の就職率)での成果も求められますから」

 八戸高校時代、刑事裁判に興味を持ち弁護士を目指したのが、法律とかかわるきっかけになった。また、アイスホッケー選手・指導者として、チームワークの大切さを身をもって学んだという。

 昨今、ともすれば理系学部がもてはやされる傾向があるが…。「短期間で結果を求められる風潮がありますが、基礎的な理論を身に付けず、上っ面の現象を追い掛けていたら、新たな危機には対応できない。百年先、千年先を見据えて人間の生き方や社会の在り方などを学ぶ社会科学は、とても大切です」と力を込めた。

  • 技磨き 自分高めたい

    2017年11月17日(金)

  • 23区内 923カ所走破

    2017年10月20日(金)

  • お酒通じ人つなぐ

    2017年9月15日(金)

  • おもてなしの心 一筋

    2017年7月21日(金)

  • チンドン屋で3年連続日本一

    2017年6月16日(金)

  • 看護師不足解消目指す

    2017年5月19日(金)

  • 亀戸と青森つなぎたい

    2017年4月21日(金)

  • 最高の味を追い求め

    2017年3月17日(金)

  • 信頼得る伝え方を

    2017年2月17日(金)

  • 理論と実践、両輪で

    2017年1月20日(金)

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