あおもり昆虫記
オニヤンマ

 仕事柄、さまぎまな人と会う機会が多い。不特定多数の人と長年会ってきたが、だいぶ前からわたしは、人を見る時に癖があることに気付いた。それは、その人の特徴ある部分に目が行き、その特徴だけが頭の大半を占めてしまうことだ。

 例えば、歯に特徴ある人と会うと、あとで歯は明瞭に思い出すことができるが、さて、どんな顔の人だったかな、となると途端に記憶が怪しくなってしまう、という具合。この癖を指摘された時、わたしはいささかうろたえた。だが、冷静になって考えてみたら、確かにそうだ、と認めざるを得なかった。

 最近会った人たちの顔を試しに思い浮かべてみたら、頭のスクリーンに映し出されたのは、頬、爪の先、足首、毛深い脛、瞼、肩、唇、眉、歩き方…。いつからこんなふうになったのだろう、と自分自身に呆れてしまう。

 虫の見方も同様だ。オニヤンマであれば、それは眼になる。わが国最大のトンボ・オニヤンマの眼は鮮やかな緑色だ。体が大きいため、眼も大きい。そして目立つ。珊瑚礁の海よりもっと美しい緑色。眼の底には神秘性が漂っている。体の配色は黒と黄色の阪神タイガースカラー、これに緑の眼。色のバランスは絶妙だ。

 オニヤンマの雄は好んで山道を往復飛行する。悠然と行ったり来たり。飽きもしないで続ける。縄張りのパトロールをしているのだろう。1991年夏、蟹田町の林道を歩いていたら、前方からオニヤンマが悠然と飛んできた。一直線に、堂々と。真っ正面から迫ってくるオニヤンマ。どんどん、どんどん近づいてくる。

 わたしの目には、オニヤンマの眼だけが見えた。そのうち、巨大な眼だけがわたしに向かってくるような錯覚に陥った。そして、あまりにも美しい眼に、わたしは息を飲んで立ち尽くした。捕虫綱を持たずに林道に突っ立っていたわたしを“無害な奴”と考えたのか、オニヤンマは進路を変えることなく、わたしのすぐそばを通り過ぎた。堂々とした振る舞い。その貫録にわたしは圧倒された。通り過ぎる時、オニヤンマは大きな眼をわずかに動かし、わたしをチラッと見たような気がした。

 だれかが言った「トンボには人格があるような気がする」の言葉が、ふと頭をよぎった。

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