あおもり昆虫記
ヒメクロサナエ

 1988年の初夏、青森営林局の案内で、大畑町のヒバ実験林を見学した。このときのショックは大変なものだった。施業林(人手を加えている林)と、人手を一切加えていない林とでは、ヒバの木の成長が全然違うことに驚いたのだった。話しにならないくらい前者の林の成長が良かったのである。森に対する考え方が一変した。要するに、カルチャーショックを受けたのだった。

 この小旅行で、局幹部のTさんらから、国有林についてのさまざまなことを聞くことができた。薬研温泉の湯につかり、杯を重ねながら国有林談義に花を咲かせた。わたしは、酔いに任せてずいぶん生意気なことを言ったような気がする。

 Tさんは白神問題で局の前衛に立った人でもあった。当時は、保護派が圧倒的に優勢で、Iさんの立場は相当苦しいものだった。が、Tさんは、毅然と、しかし穏やかに局の立場を主張し続けた。なかなか見事な対応だった。そして結局、白神山地は手を加えず次代に残されることになった。形としては、林野庁が保護計画を立て、自らの意思で守る形をとった。そこに行き着くまでTさんらの“苦渋の努力”があった。

 話は戻る。ヒバ林見学の翌日、局の人たちと恐山を見に行った。なんとわたしは、恐山は初めてだった。硫黄のにおいがあふれ、生物がいそうもない荒涼とした世界。まさに異次元の世界がそこにあった。

 きょろきょろ見渡し、ふ−む、とうなりながら歩いていたら、なんとトンボが飛んで釆て、足元の地面にとまった。生物と無縁の世界に現われたものだから、わたしはすこし驚き、数枚、写真を撮った。

 ヒメクロサナエ(姫黒早苗)だった。初夏のころ出現する中型のトンボ。早苗のころのトンボ、というネーミングがうれしい。切なくなるような美しい名。瑞穂の国ならではの名だ。日本だけにいるトンボで、川の源流部の自然度の高い渓流にすむ。逆にいえば、このトンボがいることは川がきれいなことを意味する。

 ところでこのトンボには地域変異があり、愛知−岐阜のラインを境に西日本型は東日本型よりひと回り大きく、額の模様も少し違う。

 高知県のトンボ研究家が同県でヤゴを採集し飼育したら、なんと東日本型が羽化したという。この研究家、「西日本は水温がゆるやかに上がる。東日本は雪解け後、急速に水温が上がる。羽化直前の水温が型を決めるのではないか。水温が高い水槽にヤゴを移したから東日本型になったと思う」と推論する。興味深い話ではある。

 10年以上にわたってもめた白神山地問題の決着を置きみやげにTさんは、鳥取営林署長に転出した。Tさんの年賀状はいつも、木や森を木版画であらわしたものだ。林野庁OBとなったいまも、年賀状の画題は森だ。本当に森が好きな人だったんだなあ、と思う。その年賀状をいただくたびに、白神問題でTさんが苦労したこと、そして恐山のヒメクロサナエを思い出す。

>>写真はこちら

サナエトンボの仲間 | あおもり昆虫記インデックス

HOME