あおもり昆虫記
ミヤマサナエ

 高校の同級生だったTMが、中年になってからトンボの写真撮影や生態研究にのめり込んだ。またたくうちにわたしのコレクション数を上回ったが(わたしは、昆虫全般を広く浅く愛でているので、熱心なトンボ撮影者ではない)、彼がなかなか撮れなかったのがミヤマサナエの写真だ。が、わたしは偶然ではあるが2回、ミヤマサナエを撮影している。

 なぜ、撮影が難しいかというと、成虫は高地にいること、そして一定の場所に行くと必ず見られるトンボではないこと−などによる。たまたま出会う、という幸運に期待するところが大きいトンボなのである。

 わたしが最初に見たのは1988年8月15日。短い夏休みの一日、子供を連れて北八甲田の田茂萢岳に行ったとき、登山道沿いの低木の葉にぶら下がり、羽を休めていた。このときは、大いに興奮した。かつて沖縄・西表島で見たタイワンウチワヤンマを小型にしたようなトンボで、わたしは初めて見たトンボだったからだ。

 次にミヤマサナエを見たのは1994年8月7日。北八甲田の高田大岳を登山中、山頂直下のハイマツにぶら下がり、ハエを食べていた。

 ともに偶然見つけたものだ。共通項は(1)北八甲田(2)標高約1300m地点(3)8月。しかし、この3点をもとにミヤマサナエを探すことは非常に難しい。だからTMは苦戦してきたのだった。つまり、狙って撮れるトンボではないのだった。

 「…だった」と過去形を使ったのは、その後、ミヤマサナエを巡って大きな展開があったからだ。

 ミヤマサナエは漢字を当てると深山早苗と書く。確かに深山で見られるからその名がついた。しかし、幼虫時代も深山にいるのではない。幼虫は下の川で過ごし、羽化した若い成虫は長距離移動して山地で生活する。そして、成熟するとまた下の川に戻ってくる−。トンボの図鑑にはそう書かれている。

 まさしくそうだったのだ。発生場所を抑えれば写真は撮れる−。自明の理である。TMらトンボ研究に熱心な人たちが調べた結果、ミヤマサナエの生態がだんだん分かってきた。ミヤマサナエの成熟個体の行動が観察されている場所は、TMによると浅瀬石川、金木川、土淵川、栩内川、平川など低地の川原や浅瀬の川。若い個体は高い山で過ごし、低地に戻って産卵しているようだ、という。こうしてTMは2001年、金木町で念願のミヤマサナエの写真を撮ることができた。

 なにより驚いたのは、弘前市の中心部を流れる土淵川にもいたことだった。土淵川で繁殖しているのかどうかは分からないが、高山のイメージが強いミヤマサナエが、地元の弘前市民から「ドブチガワ」と呼ばれ蔑まされている、お世辞にもきれいとはいえない川にいたとは…。

 自然というのは、ひとことで簡単にくくれないものだ、とつくづく思う。

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