あおもり昆虫記
ムカシトンボ

 “野球の神様”川上哲治さんが全盛期、「投手の投げる球が止まって見える」とのたまったそうだ。また、ある200勝投手は「球が手元から捕手のミットまで、糸を引くように見えた」とも言った。まるで浮世離れした話、と思われがちだが、あながちウソ八百と決めつけることはできない、と思う。

 1989年5月23日、青森市野内川上流の林道を歩いていた。水たまりの上をサナエトンボとみられるトンボがパトロールで行き来していた。そのトンボは空中でハエを捕えた。

 その瞬間、時間が止まったように思えた。何100分の1秒かの出来事だったが、ハエを捕える瞬間、確かに止まって見え、わたしは軽い驚きを覚えた。そのトンボは、食事をするため木陰の枝に止まり羽を休めた。近づいて見たらサナエトンボではなかった。

 “生きた化石”として広く知られているムカシトンボだった。トンボを見て川上さんを連想するとは…。無茶苦茶な頭の回路に自分に対して苦笑せぎるを得なかった。そして、わたしがムカシトンボを見たのは、これが初めてだった。

 トンボの祖先は、今から3億年前の古生代石炭紀に出現した。高温多湿な巨大シダの森の中を、原始トンボは悠々と飛んでいたに違いない。その大きさは馬鹿げたもので、フランスで発見されたトンボの化石は、羽を開くと70センチもあったという。しかし、これら原始トンボは中生代二畳紀に絶滅、その生き残りが進化して、現在のトンボになった。

 しかし、ムカシトンボだけは、1億3000万年前の中生代ジュラ紀後期の姿を今にとどめている。いわば恐竜時代のトンボの生き残りで“生きた化石”といわれるゆえんだ。生き残りの証拠は、前ばねと後ばねが同じ脈をしている点。

 “化石時代”の生き残り組は世界に2種しかいなく、他の1種はヒマラヤムカシトンボ。その貴重種が本県にもいるとは…。ロマンを感じずにはいられない。また、幼虫期間が5〜8年もかかり14回も脱皮を繰り返すという変わりものだ。トンボの中で最も長い幼虫期間を過ごす。

 日本だけにいるトンボで1886(明治19)年、英国人プライヤーが発見し1913(大正2)年、小熊桿博士がムカシトンボと命名した。

>>写真はこちら

ムカシトンボ・ムカシヤンマの仲間 | あおもり昆虫記インデックス

HOME