あおもり昆虫記
アオハダトンボ

 「八戸市のある中学校の裏山で毎年6月の第1日曜日に必ず、アオハダトンボが1匹現れる、というんだよ」

 虫友のMさんが、あやしげな情報をつかんできた。これも虫友のTさんが、アオハダトンボの写真を撮ろう、とここ数年、必死になっているのを知っているMさんは、Tさんにぜひアオハダトンボの写真を撮ってもらおう、と知人から情報を集めたのだった。

 この情報をもとにMさんは「さあ! アオハダトンボを見るため八戸に行こう!」と大張り切りだ。2004年5月中旬のことだった。八戸行きは当然、この年の6月の第1日曜日に当たる6月6日だ。こうしてMさん、Tさん、そしてわたしの“虫友おじさん3人組”は、Tさんの車に乗って一路、八戸市をめざしたのだった。

 「それにしても漠然とし過ぎてはいませんか? もすこし、具体的な場所を聞いた方が良かったんじゃないでしょうか?」。八戸に向かう車中で、わたしは、Mさんに聞いた。Mさんの答はふるっていた。「もちろん、具体的な場所を聞くこともできるさ。でもね、具体的な場所を探すと、そこしか探さなくなる。それじゃ、見つける確率が低いんだ。だいたいの場所を聞いて、地形や状況から判断していそうなところをあちこち探す方が見つかるもんだよ。自分は長年、この方法で虫を探してきたんだよ」。う〜ん、なるほど、至言である。わたしを含め、詳細情報を得てピンポイントで探したがる“手抜き屋”にとっては、実に耳の痛い話だ。

 それにしても、と思う。「毎年6月の第1日曜日に1匹だなんて、ホントかなあ…」。わたしがぼそっと口にしても、Mさんは「ははは。毎年6月の第1日曜日に1匹現れるって話だよ。ははは」と一向に気にしない。もう、すっかりアオハダトンボを見た気分になってしまっている。得な性格の人だ。

 問題の中学校に着いた。裏山はどこだ。まず、文字通り、中学校の裏の山に行ってみた。そこには古くからの住宅が数軒建っていた。人のニオイが濃厚にあり、どう考えてもアオハダトンボはいそうもない。早々に見切りをつけ、こんどは近くの農道を歩いて探索した。道の片方が林、もう片方が水田という環境だ。しばらく探索したが、アオハダトンボは現れない。

 そこにも見切りをつけ、今度は付近をあちこち車でまわり、そして、何の気なしに林道に車を乗り入れた。ただ単に、そこに林道の入り口があったから入っただけにすぎない。

 林道を走ってすぐのことだった。黒い羽、緑色の金属光沢の腹のトンボが1匹、林道をよぎった。「あっ、アオハダトンボだ!」。3人、同時に叫び、そしてそれぞれカメラを手に、ほぼ同時に車を飛び出した。トンボは、やや遠い場所の葉の上に止まっている。う〜ん、条件が悪い。で、カメラのマクロモードを解除し、ズームを望遠側最大にした。わたしが持っているカメラの場合、やや遠いトンボを撮る場合は、この設定の方がよく撮れるからだ。文章にするとくどくなったが、この思考とカメラの設定変更を歩きながら瞬時に行った。

 そして、撮った。カシャカシャカシャ。続けて3枚撮った。青黒く光る羽、金属光沢の腹−。まさしくアオハダトンボだった。この世のものとはおもえない美しさだった。が、突然現れてのことだったから、感激興奮にひたる暇もない。まさしく瞬時のことだった。と、アオハダトンボはちょっと奧に移動した。手前の枝が邪魔になってよく撮れない。そして、アオハダトンボは、ゆらりと飛び立ち、悠然とやぶの向こうに消えた。わたしたちの前に現れたのは、時間にしてほんの40秒ほどのできごと。40秒ほどの白日夢。そんな一瞬だった。

 「いやぁ〜、よかった、よかった」。一番喜んだのは、あやしげな情報をもとに案内したMさんだった。「実は、本当に現れなかったらどうしよう、と冷やひやものだったんだよ」と打ち明けた。

 一瞬のできごとだったため、3人とも満足な写真が撮れていない。Mさんは「また出てくるさ」と相変わらず前向き発言だ。「わたしは、おいしくない昼食をとると、いい虫に巡りあえるというジンクスがあるんだ」とMさんは、再びあやしげなことを言う。そこで、わたしは過去に2度訪れ「まずい」と自信を持って言える蕎麦屋に案内した。ところが、これが、妙にうまかったのだ。たぶん、経営者が代わっていたのだろう。「うまいから、困ったなぁ」。Mさんのジンクスが揺らぐ。

 午後はあちこち探索をしてから再び、アオハダトンボ撮影ポイントに出かけてみた。しかし、“うまい蕎麦のたたり”かどうかは知らないが、アオハダトンボは全然現れない。3人は、初めてアオハダトンボを見た感激と、満足な写真を撮れなかった忸怩たる思いが混ざった複雑な気持ちで、そこをあとにした。

 結局、見たのは、その1匹だけだった。帰りの車中、「Mさん、すごいね。『八戸市のある中学校の裏山で毎年6月の第1日曜日に必ず、アオハダトンボが1匹現れる』という情報は、本当だったんだね」という言葉をTさんとわたしが何回口にしたことか。Mさんは、その都度、満足そうにうなづき、「ふふふ、すごい情報だったろう」と自慢気に言ったものだった。

 アオハダトンボの撮影に執念を燃やすTさんは翌日、こんどは単身で同じ場所に行き、アオハダトンボを狙った。しかし、トンボは1匹も現れなかった。「八戸市のある中学校の裏山で毎年6月の第1日曜日に必ず、アオハダトンボが1匹現れる」というジンクス?が生きているとしたら、今度アオハダトンボに巡りあえるのは、来年の6月第1日曜日ということになるのだろうか。

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