あおもり昆虫記
ミヤマカワトンボ

 わたしは、カメラを首にぶら下げ、無目的的に野山を歩くのが好きだった。そこで出合った虫の写真を撮ればよい、という軽い気持ちで写真を撮りためてきた。白紙の状態で歩くため、予想もしなかった虫たちと出合うとインパクトが強く、たまらなく嬉しくなってしまう。

 だが、そのような撮り方をしていると、絶対に撮れない虫が出てくる。東奥日報社が「青森県 暮らしの歳時記」を発刊したとき、わたしは昆虫担当になった。それまでの手持ちの写真では対応できないことが分かった。本に掲載しなければならない虫の中で写真が無いものが多くあったためだ。そこで、「この虫の写真を撮ろう」と野山に出掛けるようになった。無目的的から目的的に考えが変わったわけだが、人間というのは面白いもので、ある虫を目指し現場に行き、予定通り虫がいても「ああ良かった」と思うだけで、虫との出合いのインパクトが、どうも強く感じられない。

 1986年8月17日。久しぶりに無目的的に虫を見に行った。全くの気まぐれから、蟹田川上流の林道に車を走らせた。林道の橋から川の中洲が見えたため、これまた刹那的に中洲に行こうと思い立ち、川をこいで中洲に立った。

 と、そこには想像を絶する光景が繰り広げられていた。ミヤマカワトンボの乱舞。カワトンボの仲間ではわが国最大のトンボ。細長い腹は金緑色で、乱舞するたび、木もれ日を受けてキラキラ光る。茶褐色の羽は、浮世離れしている。そのトンボが約10匹、中洲のあたりをもつれ合いながら飛んでいたのである。

 文字通り息を飲んだ。しばらく呆然と立ちつくした。そして、我に返ってから、やおら写真を撮り始めた。長い脚でつま先立ったポーズをとりながら石にとまっているところを撮ろうとしても、すぐ別の雄がやってきて邪魔をし、両者もつれ合いながら飛び去る、の繰り返し。乱舞に見えたのは縄張り争いだったのだ。

 森閑とした中洲で、木もれ日を受けながらのミヤマカワトンボの乱舞。わたしはその時、脈絡もなく「桃源郷というのは、こんな所をいうのかな」とふと、そして真面目に思った。

 雌は水に潜って産卵することで知られている。水中産卵の時間はまちまちだが、15−20分ぐらい潜る。40分も潜った例も報告されている。また、1メートルの深さまで入った例もある。美しい姿に似ず、なかなかタフなトンボである。

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