あおもり昆虫記
ハグロトンボ

 わたしが子供のころ、イトトンボのオツネントンボを「神様トンボ」と呼んでいた。しかしその後、神様トンボという呼び方は全国的なもので、しかもその対象となるトンボはさまざまいることが分かった。

 そこで、わたしの周囲にいる人たちから話を聞いてみた。板柳町育ちの父は「羽の黒いトンボがカミサマトンボ」と言い、青森市油川育ちの母は「イトトンボのことを言う」。鶴田町出身の人は、「羽の黒いトンボのこと」と指摘してくれた。

 また別の人は、「高知県のトンボのアマチュア研究家の著作に書いてある」と知らせてくれた。早速本を開いたところ「一種独特なムードがあることから、神や仏の使いと思ったのだろう。ハグロトンボという正式和名よりも、ゴクラクトンボ、カミサマトンボと呼ばれている」。どうもハグロトンボ派の方が優勢だ。

 見るからに不気味なトンボである。和名は、羽黒と歯黒の両方が語源という。十和田湖一帯の紀行文で知られる大町桂月の息子大町文衛博士は“精霊”と表現したが、よく分かるような気がする。ゴクラクトンボ、ホトケトンボと呼んでいる地方もある。いずれにしても神仏の世界だ。

 1988年夏、岩崎村の十二湖へ行った時、薄暗い林間で、ハグロトンボがバタバタと弱々しく群れ飛んでいた。この世のものとは思えない幽玄さがあたりを支配し、思わず背筋がゾクッ。明るく開けた八景の池では木杭に止まり縄張りを張っていた。定期的に飛び立ち、すぐ木杭に戻る。木杭に止まった時、必ず一回、はねを広げるのが面白く、地面に腹ばいになり飽きることなく見続けたものだった。

 “オハグロトンボ”は俳句にも詠まれている。トンボの季語は秋だが、ハグロトンボは明治以降、夏の部に加えられた。

 「おはぐろや旅人めきて憩らへば」(中村汀女)

 水辺ではねを休めるハグロトンボを見て汀女はこの句を詠んだのだろう。くつろいだ雰囲気と涼感が伝わってくる。が、写真のハグロトンボは、わび、さびとは別世界。はねをよく見るとクモの糸がまとわりついている。旅の途中でクモの巣につかまり、やっとの思いで脱出したハグロトンボ。平穏なたたずまいに隠された生死の危機。穏やかゆえ、その姿に胸を打たれる。

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