あおもり昆虫記
エゾイトトンボ

 ある年月日を妙によく記憶している、ということがある。わたしにとって1986年6月15日が強烈に印象に残っている。

 この日わたしは、南八甲田に行った。猿倉温泉から十和田湖御鼻部山に通じる道をテクテク歩き、櫛ケ峯のふもと黄瀬萢まで行った。

 行程の半分は雪渓の上を歩き、残る半分の道は雪解け水が流れて川と化し、ジャブジャブこいで歩かなければならなかった。普通の登山道を歩くより何倍もの時間を要し、結局この日、約10時間、歩きづくめだった。

 難儀な山行だったが、苦労を忘れさせる天気の良さだった。この年は春先から好天続きで、この日の南八甲田も空が抜けるように青く、残雪の白さ、新緑−のコントラストが目にまぶしかった。俗な例えだが、それこそ絵葉書の中に身を置いているようだった。

 優しい風がほおをなでると、わたしだけが幸せを享受しているのでは…と錯覚に陥り、不思議な嬉しさに包まれた。

 この山行で、高層湿原の登山道沿いの池をふと見たときのことだった。羽化したてのカオジロトンボが水草にとまってはねが固まるのを待ち、その回りをエゾイトトンボが頼り無げに飛び交っていた。

 名の通り北海道(蝦夷)では普通だが、本州では山の池沼や高層湿原に生息しており、分布も限られている。北方系のイトトンボに特有な鮮やかな瑠璃色が美しく、気持ちの良い山行に彩りを添えてくれた。

 素晴らしい山行だけなら6月15日という日は記憶していない。

 実は翌16日から一転してヤマセ型の気圧配置となり、以後40日問、県内稲作農家は異常低温に悩まされ続けることになったのである。このまま好天が続けば大豊作と言われたのが、結果は上十三と下北が不作で県作況指数は100。ある日を期して、がらりと変わる天候の怖さと不可解さ。1986年、その境目は6月15日だったのである。農業担当記者(当時)として気をもみ続けた低温の40日間。それだけに好天最後となった6月15日のことは忘れられない。

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