あおもり昆虫記
キイトトンボ

 1978年7月上旬の暑い午後だった。わたしは、車力村の高山稲荷境内の池でトンボを眺めていた。当時、よくこの池を訪れたものだった。何のことはない、ここの池は、楽をして多くの種類のトンボを見られるからだった。

 額から流れ落ちる汗をふきふき池の周囲を歩いていたら、草にとまって羽を休めているキイトトンボが目に入った。当時、この池にけっこう数多くいるトンボだった。何の気なしにカメラを向けたが、ファインダーをのぞいてドキリとした。キイトトンボがオオイトトンボの腹をくわえていたのだ。

 トンボが他のトンボを“狩り”するとは…。体に戦慄・興奮が走った。

 緊張から汗が止まった。キイトトンボは、わたしの目の前で、おもむろに“食事”を始めた。まず、一番軟らかな腹を食べた。次に、目や頭を食べた。残ったのは胸と羽。それもほどなく平らげた。ファインダーを通して繰り広げられた厳しい自然の断面。わたしは夢中でシャッターを切り続けた。イトトンボは俗称カミサマトンボとも呼ばれ、可愛いがられる。だが、この時、キイトトンボの顔は、カマキリの顔とそっくりに見えた。驚くほど似ていた。この写真は、ちょうどオオイトトンボの腹を食べ終えた時の一コマである。

 漢字で書くと黄糸蜻蛉。腹、胸が真っ黄色の美しいイトトンボだ。わたしが初めて見たのは仙台市近郊の水田で、だった。稲の緑をバックに、さながら黄色のツマヨウジが宙に浮かんでいるようだった。その光景は、30年以上たった今でも鮮やかによみがえってくる。

 ある年、トンボたちを見よう、と再び高山稲荷を訪れた。信者たちの宿泊施設が一新されていた。悪い予感がした。池へ急ぎ、あ然とした。池はしゅんせつされ、周囲の草は刈り払われて土が露出していた。トンボは1匹もいなかった。

 以後、わたしはキイトトンボを1回も見ていない。

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