あおもり昆虫記
アキアカネ

 どこにでもいるアカトンボ。しかし、なかなか興味深いトンボだ。

 なんと避暑をするのである。7月上旬、八甲田に登れば、無数のアキアカネを見ることができる。ここで素朴な疑問が起きる。「なぜ、山にこんなにも多くのアキアカネがいるのだろう」と。よく見ると、羽が弱々しく、腹も薄茶色で、鮮やかな赤ではない。つまり、羽化したての未成熟トンボが夏山をすみ家としているのである。

 アキアカネをはじめとするいわゆるアカトンボは初夏、平地の池や沼で羽化する。そして羽化後、すぐ山や高原に移りすむ。秋になれば腹が赤い大人になり、再び平地に戻る。ふつう、アカトンボは秋のトンボと思われがちだが、実は初夏に羽化しているのだ。

 では、なぜ夏の間、優雅に山で避暑しているのだろうか。さまぎま言われているが、わたしは次の説を信じたい。

 平地の気温は山に比べて高く、平地にばかりいるとあっという間に大人になってしまう。大人になれば交尾する。交尾すれば卵を産む。気温が高いとすぐヤゴになる。ところが、である。アキアカネは卵で越冬する習性を持っている。つまり、ヤゴで越冬できないのだ。早く大人になるわけにはいかないのである。だから涼しい山に移り大人になるのを自ら抑えているわけだ。その証拠に、夏山にいるアカトンボの生殖器は未熟で、交尾の用をなさない。驚くべき自然のメカニズム、と思わずにいられない。

 宮城県で、アキアカネの“渡り”を調査するため蔵王連峰で、避暑していたアキアカネに白いマークをつけて放したことがある。その結果、白石市、仙台市泉区などで白いマークを付けた個体が発見されたという。アキアカネの“渡り”が裏付けられたわけで、調査した人たちは「実際は、もっと遠くにも飛んで行っているのではないか」という。

 1993年の7、8月はとても寒く、冷夏といわれた。その年の7月下旬、民放テレビのキー局が、こんなニュースを流していた。「山では早くも赤とんぼが飛んでいます。これも冷夏の影響なのでしょうか。いずれにせよ異常な現象です」。まるで事件もののニュースを読むような、切迫した語り口がおかしかった。このトンボは、まず間違いなくアキアカネ。その生態を知っていれば、こんなニュースは流さなかっただろう。

 ところで、日差しが強い夏、写真のような格好のアキアカネをよく見かける。縄張りの意思表示の意味もあるだろうが、わたしは、暑さを防ぐため、と思いたい。腹を普通の形にして止まれば太陽光線を直角にまともに受け、体温は急上昇する。これを防ぐため、腹を太陽の方向に向け、光線が体に直角に当たるのを避けているのではないだろうか。撮影した夏の日、一帯のアキアカネは、判で押したように太陽に向けて腹を掲げ、逆立ちポーズをとっていた。

 アキアカネは、日本の赤とんぼの代表種である。赤とんぼの仲間の中で、群を抜いて数が多い。奈良時代以前の人々は、トンボをアキツと呼んでいた、という。ツは助詞の「の」で、アキツとは「秋の(虫)」という意味になる。秋にあらわれる特定のトンボをさしていたのが、トンボの総称になったらしい。その特定のトンボがアキアカネだったろうことは、想像にかたくない。なにしろ、数がめっぽう多いのだから。神武天皇が大和の山並みを眺め「アキツのとなめせるごとし」とおおせられ、わが国を秋津島と呼ぶようになった、といわれる。「となめ」とは古語で、トンボの雌雄連結飛翔のこと。2匹が連れ立って飛ぶアキアカネの姿を思い浮かべて天皇は言ったのかもしれない。

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