あおもり昆虫記
ハッチョウトンボ

 人は、並み外れて大きいものに感動し、また、並み外れて小さいものにも感動する。だからギネス・ブックの世界がある。

 日本にいるトンボの中で、最も小さいのがハッチョウトンボだ。

 頭のてっぺんから、しっぽの先まで1.8cm、羽を広げても両端2.5cm。ぴんとこない人は、ものさしで確かめればよい。きっと「えーっ?こんなに小さいの?」と驚くはずだ。飛んでいるのを見ると、まるでハチかアブが飛んでいる、と錯覚するほど小さい。

 わたしは1971年、インドネシア・スラウェッシ島で、このトンボを初めて見た。その小ささに、自分の目を疑い、狂ったように採集したものだった。極小トンボであることは、以前から本で十分知っていたはずだが、じっさいに見て、これほど小さいとは…と絶句したものだった。

 1986年秋、知人から「ハッチョウトンボは車力村にいるよ」と教えられた。おそらく、車力村は、日本一小さいトンボの日本での北限地だろう。日本の北限ということは、世界の北限と同じだ。これは、すごいことだ。そこで行ってみたくなり、車力村教育委員会に電話を入れ、場所をたずねた。が、答は「なに、それ。知らね〜な」。トンボの存在すら知っておらず、わたしは力が抜けてしまった。

 しかし気を取り直し、平賀町の友人KIさんに場所を聞き、翌87年の7月上旬、教えられた通り歩き、ヤブをこぎ、目的地とみられる沼に出た。

 不思議な沼だった。広大な沼を、おそらく何千年もかけて堆積したとおもわれる、ぶ厚いミズゴケの層が覆い尽くしている。歩くとミズゴケ層でできている“地面”が揺れる。ミズゴケ層の下は、水に違いない。沼自体が天然記念物の価値がありそうだ。

 おぼつかない足どりで沼を歩いていたら、モウセンゴケが群生しているところに、ハッチョウトンボがいるのが見つかった。懐しかった。美しかった。やっぱり小さかった。なぜか、すぐ写真を撮る気になれず、しばらくぼんやりと眺め、16年ぶりの対面を楽しんだ。初夏の日差しがまぶしかった。

 その後わたしは、ハッチョウトンボの生息地は岩木山麓の2カ所にもあることを知った。いずれも、すこし人手が加えられると環境が変わってしまいトンボがすめなくなる、あやうい生息環境だった。岩木山麓の2カ所については毎年、季節になれば訪れ、ハッチョウトンボが元気でいるのかを確かめてきた。そして、あの小さな姿を見つけると、たまらなくうれしい気持ちになったものだ。が、このところ、ごぶさたのしっぱなしだ。車力村や岩木山麓のハッチョウトンボはいま、どうしているのだろう。気になる。

 このトンボの名は、江戸時代末期の愛知県の本草学者・大河内存真の著書「蟲類写集」の中で「ハツチウトンボは、ヤダノテツポウバハツチウメ(矢田鉄砲場八丁目)にのみ発見され、そのためハツチウトンボの名を有する」と出てくることによるそうだが、今では、その場所がどこなのか、はっきりしない、という。

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