あおもり昆虫記
シオヤトンボ

 ある年の5月だった、と思う。会社の社会部デスクからこんな質問を受けた。

 「青森市の新町でトンボがつかまった、というんだけど、図鑑に照らし合わせてみたらシオヤトンボらしいんだ。この時期、トンボだなんて異常気象なのかなあ」

 どうやら読者がつかまえて社会部に連路、若い記者が飛んで行って取材をし記事を書いた−そんな事情のようだ。春とトンボ。その組み合わせが異常、と映ったらしい。「このトンボは春に出るから別に不思議でもなんでもないんだけど、新町で見つかった、というのはよくわからないなあ。気まぐれで飛んで来たのかなあ」。わたしは、そう答えたような気がする。その記事、日の目を見たかどうかは、忘れてしまった。

 シオヤトンボは、シオカラトンボの仲間で、小型でずんぐりしたトンボだ。雄は成熟すれば腹の先端まで白い粉で覆れる。白粉を塩に見たてて塩屋蜻蛉、というわけだ。終齢幼虫(成虫になる直前の幼虫)で越冬し、春になれば真っ先に羽化する。

 1983年の6月上旬。わたしは岩木山を弥生口から登っていた。里では初夏、といってもいいような季節だが、山はまだ春。各種スミレやシラネアオイが、今を盛りに咲き誇っていた。沢道を登るにつれ、ところどころに残雪がある。

 雪解け水で沢水は豊富。水しぶきをあげ、勢いよく流れている。手ごろな石に腰を下ろし、陽光を浴びながらぼんやりしていたら、1匹のシオヤトンボが現われ、目の前の大きな岩にとまった。

 と、もう1匹が現われ同じ岩にとまり、さらにもう1匹が…。雄2匹に雌(雌は体が白くならない)1匹。日光がよく当たる岩にとまり、気持ち良さそうに日なたぼっこ、といったところだ。興味深いことに、みんな同じ方向を向いてとまっている。わたしがすぐそばにいても逃げない。樹上ではエゾハルゼミの大合唱。そして暖かな日差し。幸せだなあ。柄にもなく思い、ふと我れに返り、照れた。

 シオヤトンボは、春に羽化するトンボのなかでは真っ先に姿を見せる。夏の訪れとともに姿を消すが、7月上旬、青森市郊外で珍しい光景を見たことがある。姿を見せたばかりの元気なシオカラトンボと老いたシオヤトンボが同じ場所にいて、縄張りを張り合っていたのだ。季節があまりだぶらないこの2種だが、このときは、辛うじて重複したといった状況だった。2種のトンボは強く縄張りを張り、時折小競り合いも繰り広げられた。ガサッ、ガサッ。羽と羽が空中でぶつかり合う音が静寂を破る。興味深いことに、老いたシオヤトンボは、若くて元気なシオカラトンボにそれほど負けていなかった。

 トンボのせめぎ合いをぼんやり眺めるわたし。そのうち睡魔に襲われ、いつしか眠ってしまった。ふと眠りから覚めたとき、2種のトンボはまだ小競り合いを演じていた。

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