あおもり昆虫記
ウスバキトンボ

 コスモポリタンなトンボである。

 なんちゃって気どって書いたが、簡単に言えば、世界中、どこにでもいるトンボである。しかし、そう言ってしまえば身も蓋も無い。

 ウスバキトンボ(薄羽黄蜻蛉)の名誉のために言うと、トンボの中でこれほど分布を広げているのは他に例を見ない。海も平気で渡る。

船上で採集された、という話をよく聞く。

 わたしがこのトンボを初めて見たのは1971年、インドネシアのスラウェッシ島(旧名セレベス島)でだった。季節は11月。スラウェッシ島の水田では稲が黄金色に稔っていた。重そうに首を垂れる稲穂、その上空高く、悠然と飛ぶトンボの群れ。「日本の秋の風景と同じじゃないか。童謡の『赤トンボ』は、こんな風景にぴったりだ」とわたしは、暑さに辟易としながら、遠いふるさとを想ったものだった。このトンボが、まさしくウスバキトンポだった。

 2度目に見たのは1987年7月下旬、今別町の海岸でだった。海岸上空を複数のウスバキトンボがふわふわ飛び、時折舞い降りて、羽を休めていた。スラウェッシ島と今別町。想像を絶する組み合わせこそが、このトンボがコスモポリタンと呼ばれるゆえんである。

 わたしが感慨にひたっていると、カバイロシジミを採集に来たと思われる捕虫綱を持った大人の男女数人がやって釆た。「あら、アキアカネね」と女。男は「うん」と答える。よっぽど「違いますよ」と言ってやろうかと思ったが、その男のプライドを守ってやるために、辛うじて自制した。

 コスモポリタンの割には、日本での越冬記録は無い。早い話、卵、幼虫、成虫のいずれも日本の冬を越せないのだ。では、なぜ今別町にもいるのか。早春、南日本に飛んで来た成虫が産卵し、世代を繰り返しながら北上する。津軽海峡を越え北海道にも飛来する。そして秋になればすべて死に絶える。明日無き飛翔、絶望の飛翔。その旅の途中、今別町で羽を休めていた、というわけだ。

 ウスバキトンボは、ほとんど羽を動かさず、風にうまく乗って飛ぶ。その省エネ飛翔が分布を世界中に広げた秘密と思う。

 その後わたしは、八戸市種差や小泊村竜泊ラインでもウスバキトンボを見た。いずれも海岸地帯、いずれも7月下旬、いずれもおびただしい数だった。空を覆って群れ飛ぶ(大げさな表現だが、そんな印象)姿を見て、わたしは「童謡の『夕焼けこやけの赤とんぼ』は、やっぱりこのトンボをイメージして詞が書かれたのではないか」との思いを強くした。

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