あおもり昆虫記
ヒグラシ

 わたしたちは子供のころ、暗くなるまで外で遊んだ。雑木林の探険、陣とり、石けり、くぎ刺し、布球を使っての野球(年齢が分かる)…。家の周囲がどこでも遊び場になった。子供たちは、あらゆる環境を遊び場にしてしまう才能にひいでていた。なにしろテレビもゲームも無かった時代。要するにわたしたちは、好むと好まぎるにかかわらず、外で遊ばざるを得なかったのだ。

 日が西に沈み、夕闇が迫るころ、遊び疲れた子供たちは、それぞれ家に帰っていく、なんて書くと、どこかの童謡の歌詞みたいになってしまうが、そんなことはなかった。各家から漏れてくる夕食のにおいを敏感にかぎ分け、「おれの家はカレーライス」「おまえのところは焼き魚だな」などと言いながら、暗くなるまで遊び続けた。そして母親から「いつまで遊んでいるの。もうごはんだよ」と一発叱られ、「しようがね−な−。遊び足りないのに」と心の中で毒づきながら、後髪を引かれる思いで、かすかにふてくされて家に入るのがオチだった。

 そんな夏の夕暮れ。決まって近くの雑木林から聞こえてくるのがヒグラシのカナカナカナ…というめったやたらと寂しげな鳴き声だった。遊びに心を残しながら、ヒグラシの声に送られて家に帰る気分というのは、子供心にもビミョーな何かを感じさせたものだった。いま改めて考えてみると「うむ。それが日本の心なのだ」とつい力強く思い、自分でうなづいてしまう。

 そのヒグラシの声を聞かなくなってから久しい。もっとも毎年ヒグラシに注意を払っていたわけではなく、気がついてみたら何年も聞いていないなあ、と思い至り、むむむこれは大変だぞ、と改めて感じた、というわけだ。

 1988年夏、十二湖へ行ったら懐しいカナカナカナ…を飽きるほど聞いてしまった。いる所にはいるのだ。小径を歩いていたら、足元から石つぶてのようなものがビユツと飛び出した。「おっ!なんだなんだ」と身構えたらヒグラシ。それも哀れなことにクモの巣に御用。クモの糸でがんじがらめにされてしまった。“日本の郷愁”ヒグラシも生きていくのは大変なことなのである。

 1994年夏、平内町夜越山。雑木林全体がヒグラシの大合唱だった。時間は午後3時半ごろ。ヒグラシのこのような大合唱は、後にも先にも聞いたことがない。かなりの感動ものだった。ヒグラシは、1匹が鳴き出すと、周囲の仲間も一斉に鳴き出す習性があり、夜越山での大合唱は、その習性によるものだったようだ。

 ヒグラシの声は、どうも日本人の心のひだに微妙に入ってくるナニカを持っているようで、昔から詩や短歌、俳句に詠まれてきた。

 ひぐらしの鳴く山里の夕暮は風よりほかに訪う人もなし     古今集

 蜩のおどろき啼くや朝ぼらけ    蕪 村

 水打つや森のひぐらし庭に来る   秋桜子

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