あおもり昆虫記
メスグロヒョウモン

 例え話をしてみる。もしヒトの雌の肌が真っ赤だとしたら−。かなりブキミな話だが、なんかぴんとこない。それじゃ、こんな話はどうだろう。ニホンザル、、テナガザル、チンパンジー、ホエザル、オランウータン、ゴリラなど霊長類の中で、ニホンザルの雌の毛だけが真っ赤だとしたら−。これまたブキミな話で、にわかには現実のものとして考えられない。

 しかし、現実は小説より奇なり、だ。スグロヒョウモンの雌は、まさしくこの「ブキミ変てこりんニホンザル雌」みたいな存在なのだ。

 ヒョウモンチョウの仲間は、日本に17種いる。雌雄の羽はともに、橙色の地に黒の点々模様。見分けが難しいほど雌雄の模様はよく似ている。かつて、ヒョウモンチョウだけを並べた標本箱を見たことがあるが、点々地獄で目がちかちかし、どっと疲れてしまった。その中にあって、メスグロヒョウモンだけは、雄は他のヒョウモンと同じ点々模様だが、雌は黒地に白の縞模様−と雌雄似ても似つかない。まるで別種だ。同じ種だなんて、およそ信じられない。チョウ学界でも、メスグロヒョウモンの雌だけがなぜ模様が違うのか、解明できず謎のままだ。

 当然、子供たちにとってメスグロヒョウモンは、別格だった。ヒョウモンチョウの中でもいっぱいいるミドリヒョウモンやオオウラギンスジヒョウモンなどには目もくれない。メスグロヒョウモンの雌を採集すれば、ちょとした自慢だった。他のこどもたちは羨望の眼差しで仲間の虫網に収まったメスグロヒョウモンの雌を見たものだった。ヒョウ模様をしていないのにヒョウモンと名がついていることが、こどもたちには、たまらなくミステリアスだったのだ。まあ、学者でも分からないから、こどもたちが不思議に思うもの無理はない。

 長年、メスグロヒョウモンを見てきて気になることがある。それは、雌がよく目につく秋に、雄が飛んでいないことだ。まさか、と思いつつ注意して見ているが、本当に雄はいない。他のヒョウモン類の雄は秋でも悠然と飛んでいるのに…。このことを平賀町の友人YKさんに話してみたら「気がつかなかった。雄は早死にして、秋まで生きることができないのでは」。

 これは仮説だが、妙に説得力を持っている。それでは、なぜこのチョウの雄だけが早死にするのだろうか。弘前市のチョウ研究家TKさんは「昆虫の雄は一般に、交尾を済ますと短命になる傾向がある」と言う。無駄には生きない−すさまじいばかりの自然界のオキテである。この話を聞いたとき、思わず厳粛な気持ちになった。そして思った。「じゃあ、ヒトの雄は?」と。

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